シャクジの森で〜青龍の涙〜
ぞわっとした恐怖心に襲われ、エミリーはドレスの裾が足に絡んで何度も転びそうになりながらも、必死に走った。

やがて家から遠く離れ欠片も見えなくなった場所まで来ると、リシェールはホッとしたように大きな息を吐いた。



「ごめんなさい、驚いたでしょう。つい先日に盗人が入ったものですから、皆ピリピリしているのです」

「そ・・そうなんですか。とても・・怖かったわ」



はあはあと荒い息を整えるエミリー、こんなに一生懸命走ったのは何年振りだろうか。

そうだ、故郷にいた頃に乗り遅れたバスを追い掛けて以来だ。



「エミリーさん、あなたはとても不思議なお方ですわ。私はこれでも皆と同じ様に警戒心が強いんですのよ?」



それを、すぐに壊してしまいましたわ。

そう言ってリシェールは、楽しげに笑う。



「強引に妹を説き伏せて洗濯に出た甲斐がありましたわ。あなたに出会えたんですもの」



リシェールが家族以外の人と話すのは、本当に、滅多にないことだった。

こんな風に笑うのも。

その楽しげに輝く瞳がふと真摯な色を宿し、エミリーをじっと見つめた。


少し強めの風が吹き、二人の髪をふわふわとかきあげた。



「リシェールさん?どうかしたのですか?」



そう聞けばリシェールはエミリーの手を取ってぎゅっと握って微笑んだ。

それはとても寂しげな表情で、エミリーも哀しくなる。



「・・・エミリーさん。あなたは“ここに居てはいけない”お方ですわね。早くお帰りになった方が宜しいわ。ほら、あちらにお迎えが来ていますわ」

「・・・おむかえ?」



す・・と、白くて奇麗な手が示す方を見ると、道の真ん中に小さな動物が一匹いた。

あれは、小さいけれど―――



「シャルル?」

「あの子は貴方の猫ちゃんでしょう?さあ、お行きなさいな。エミリーさん、あなたに会えて楽しかったわ。お喋り出来たのがとても嬉しかった!」



リシェールに背中を押されると、シャルルがいつの間にか足元に来ていた。

あんなに遠くにいたのに。振り返れば、大きく手を振る笑顔のリシェールがどんどん小さくなっていくのが見えた。



「わたしも楽しかったです!歌がとても素敵でした!リシェールさん、ありがとう!さようなら――――」



届いてるのか分からないけれど精一杯に声を出し、リシェールの姿が豆粒ほどになって見えなくなるまで、エミリーはいつまでも手を振りつづけた。
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