シャクジの森で〜青龍の涙〜
そんな風に、エミリーの一日が始まった丁度その同じ頃。

目覚め始めたヴァンルークスの都街の片隅に、一人佇む者がいた。

人目を避けるように物陰に隠れ、唯一点、道の彼方先国境の方を見つめる。

フード付きの長い衣を身につけているこの人は、この道を通るであろう人物を待っていた。


いつ来るとも知れない。

しかも、来るかどうか定かでない。

だが、必ず来ると確信していた。



「しかし、いくらなんでも、早すぎたか?あぁいやいや。私ならばすぐに行動を起こす。だからきっと彼も――――」



ブツブツひとりごちていると待っていたものが見えはじめ、フードから覗く瞳に力が宿る。

道の遥か向こう、豆粒のような黒っぽいものが、徐々に大きくなってくる。

それの周りが薄ぼやけて見えるのは、土煙が舞っているためだろう。



「ん、やはり、早くに来られたか。当然だ」



道を踏む車輪と幾つもの蹄の音が、静かな街を侵食していく。



「これは、少し厄介だな。気を張らねばならん」



流石と言うべきか、遠くにあっても長く立派な隊列だとわかる。

先導する騎馬が大きく見えて来ると、意を決して道の真ん中に進み出て両の腕を大きく広げた。



「お待ち願う!!」

「そこの者、退け!我等は急いでいる!」



予想通り、速度をあまり落とすことなくどんどん近づいて来る。

それでも微動だにせずまっすぐ前を見据えて立つ。



「く―――っ、総員制動ー!!」

「制動ー!」



大きな隊列の中、掛け声が木霊のように伝わっていく。

勢いよく走っていたのをいきなり止められて、激しくいななく馬の脚が何度も踏み踊る。



「貴様、これが何者の隊と知ってのことか!?」



馬上から放たれる迫力ある叱責に、笑みと丁寧な礼で応える。



「勿論、存じております。それゆえに、失礼を承知でお止め致しました」



そう言って頭を下げながら、フードの下から騎馬の後方を見やる。

黒塗りの馬車は土埃で汚れているが、上質のもの。

紋章は無いが、大臣風情ではない。



「車内の御方に、お目通り願い申し上げる!」



さっと跪き頭を垂れ、車上の人物の耳に届くよう精一杯に張られた声は、隊を静まらせた。



「無礼な!被り物を取れ!」



腰から引き抜かれた剣が日に当たってギラリと鈍い光を放ち、切っ先がフードにかかる。

刃に触れた前髪が切れてパラパラと落ちていく。

が、それでも怯まず動きがないので、剣を握る手にぐっと力が籠った。



「っ、この!」



「―――待て!」



柔らかな声が、凛、と響き渡った。

馬車の中から出されたそれは、フードにかかっていた剣をすぐさま引かせた。

馬車の傍に一頭の騎馬が駆け寄り、何らかの会話を交わしている。
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