シャクジの森で〜青龍の涙〜
エミリーは部屋の中で、タペストリー作りに勤しんでいた。

無心で一針一針せっせとしているお陰で、完成はもう間近になっていた。



「もしかしたら、今日中に出来上がるかもしれないわ」



完成の喜びとアランの帰りが一緒になったら、何て素敵なのだろう。

そう考えると心が弾み、ますます針が進む。


シャルルは今お留守。

アニスと一緒にお散歩に出掛けている。

お願いした時、アニスは「私の気分転換にもなりますわ」と笑顔で言ってくれ、シャルルも嬉しげに出ていった。

やっぱり、部屋に閉じこもりきりなのは良くない。


アニスも歌の披露が迫っていて、何だかとても緊張しているようだった。

どんな歌を歌うのだろうか。

あの不思議な体験で聴けたリシェールの歌。

恐らく、あれが『風の子守唄』ではないかと思う。

何代目の巫女かはわからないけれど、とても複雑なメロディだったのを思い出す。

あの旋律が伝えられればどんなに良いか。

そう思えども、エミリーにはいい考えが浮かばない。

聴いただけでは、正確に伝えられないのだ。

サリーの父親スミフみたいな音楽家なら、別だろうけども。



「そういえば。アラン様は、お手紙読んでくれたかしら」



内容は、たくさんの労いと励ましと、おまけの心配。最後に、愛の言葉を少し。

ありきたりなものだけれど、精一杯の想いを込めて書いたのだ。



「お菓子も食べてくれたかしら。甘い物で、少しでも、疲れが癒されるといいけれど」



手紙を読んでお菓子を食べる姿を想像して微笑み、再び針を進め始める。

そうした静かな時間を過ごしていると、扉の外が、なんだか騒がしいことに気が付いた。

バタバタと複数の足音がしていて、それが遠ざかったり近付いたりしている。


一体何があったのか、とても忙しそうだ。

しばらくしてそれが静まったあと、不意に、扉がノックされた。



『エミリー様、来客でございます』


「はい・・お客さま、ですか?どうぞ」



名前を伝えないなんて珍しいわ?と不思議に思っていると、ゆっくりと扉が開かれた。

その人を見とめたエミリーの表情が、春の花のようにぱあっと輝く。

そこには、とても意外な人がいたのだ。

アランと同じくらいの背だけれど少し短めの銀髪、優しげな微笑みと柔らかな物腰は相変わらず素敵で――――


「パトリックさん!」

「やあ、エミリー。入ってもいいかい?」
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