シャクジの森で〜青龍の涙〜
ヘルマップは唇をギリリと噛んで、瞳を閉じた。

まさかあんなことが起こるとは、予想もしていなかった。



『へえ・・館長、占い師を探してるのかい?力のある占い師を一人知っているよ。紹介しよう』



シルヴァ・サルマン。


あの立派な人物が、あんなことをしでかすとは―――


その事実を知ったのは、走るギディオンの隊を無理矢理引きとめて共に行動をしたあの時だ。

そんな人物と関わっていたことに責任を感じ、経緯を話し平伏して謝罪するヘルマップに対し、“貴方のせいではないよ。気にしないでくれ”パトリックはそう言ってくれたのだ。


“館長が関わらなくとも、彼は、同じことをしただろう”と――――



「―――パトリック殿・・・ギディオンの王家の方には“中止にすることはない。是非、開催してくれ”と了承を得ている。我等としては、王子様の無事を願い、信じるしかないのだ。それに・・・感じないか?先程から空気が違っている・・・」



ヘルマップはそう言って窓を開けた。

音楽や人々の笑い声や話声が、アニスの身に一気に迫る。



「――――空気・・・」



確かに、民たちが出す気が混じり、空が振動するような高揚感がある。

この気に、アニスの歌が混ざれば、何かが変わるのだろうか。


空に異変があったあの夜、玉の中にあった黒っぽい靄が光の矢で晴れ、目映いほどの光りを放ったのをアニスは思い出す。

あの光の矢は、何を象徴してるのかは分からない。

けれど、この祭りで何かが起こるならば、あの現象が本当なのだとしたら、それは何物でもない、自分の歌が引き金になって欲しいと願う。

想いを継いできた末裔として――――


アニスはオルゴールの蓋を開け、そこに、不安な気持ちを閉じ込めるように胸に抱いた。

そして大切に懐に仕舞い、立ち上がった。

その表情には、もう迷いはない。



「・・・行きましょう。ヘルマップ様」



アニスは舞台に立ち、空を見上げた。歌うことは好きだ。

先の巫女が歌ったと、母や祖母に教えてもらったものもある。

でも、今日は、この日の為に自分で作った歌を歌うと決めていた。


山車の練り歩きが終わり、広場では音楽が止み、舞台の周りには民がぞくぞくと集まり来る。

期待の籠った幾つもの瞳が見守る中、アニスは歌い始める。

美しい歌声は風に乗り、街の隅まで届き、耳にした人々は動きを止めて瞳を閉じうっとりと声もなく聞き惚れる。


やがて歌が終わりアニスはほっと一息つくと、空を仰ぎ見た。

しんと静まる広場。

何の、変化もない。

いつもと変わらない空がそこにある。



「やっぱり、駄目だわ・・・」
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