シャクジの森で〜青龍の涙〜
「はい。ここに」



アニスは懐から取り出すと、エミリーに手渡した。

小さな古びた小箱をてのひらの中に収め、エミリーはしみじみと眺める。

この中に、ずっと、頑なに――――



「――――リシェールさん。出て来てください・・・こわがらないで・・・」



エミリーが呼び掛けながら蓋を開けると、小箱の中から、霧のようなモヤと一緒に、ぽわんと光る小さな塊がふわふわと出てきた。

それはそのまま宙で浮遊をし続け、モヤは小箱の中からゆらゆらと出続けた。

間もなくしてそれが出なくなると、ギィ、と小さな音を立てた後、金属を叩くような音色が鳴り始めた。



「アニスさん、どうぞ」

「王子妃様・・・これは・・・」



アニスは感動した面持ちで小箱を受け取った。

ゆるやかに複雑に上下する柔らかな旋律が奏でられる。




「これが・・・風の子守唄・・・」


「あの、アニスさん、ひとつお願いがあるんです。こちらにいるリシェールさんに、声を貸してくれませんか?」

「声を?」



アニスは上下に揺れながら留まっている光りを見つめた。



“もう一度、歌いたい―――そして、巫女を引き継ぎたい―――”



エミリーに伝えられたリシェールの想いだった。

声が枯れてしまい、病気の一種だと思ったリシェールは、毎日毎日、万病を治す泉の水を飲みに行っていた。

ある日、そこに王子が現れ、真実を知るところとなったという―――・・・





「―――――・・・どうだい?歌を歌えなければ巫女じゃないだろう?貴女は私の妻となる運命なのだよ。さぁ、こっちにおいで。城に行こう」



ニタリと笑う王子の傍に、不気味な婆が立っている。



「私が作った薬さ。泉の水なんかじゃぁ治らないよ」



ウヒャヒャヒャヒャといやらしく笑う。



「そんな・・・・そんなこと・・・」



リシェールは出ない声を懸命に出して拒絶した。



「貴方の・・・貴方達のせいだったの!?来ないで!それ以上近付いたら、泉に身を投げます!」

「まあ可哀想なしゃがれた声だこと。どう?王子様と一緒になれば、その声だけは治してあげられるよ?巫女には戻れないけどねぇ?」

「ほら、そんな端にいると、泉に落ちるだろう。こっちに」

「いやっ、来ないで!」



王子の手を振り払っても振り払っても、リシェールを捕まえようと伸びてくる。

どんどん後退りをしたリシェールは、足を滑らせて泉の中に落ちた。

ぽちゃん・・と水音がたち、身体はどんどん沈んでいく。


リシェールは瞳を閉じ、そのまま冷たい水に身を任せた。

王子を恨みながらそのまま底まで沈み、波打つ水面には、小さな箱だけが浮かんでいた。


泉が凍ったのは、その後間もなくだった――――・・・





「はい。伝えたいそうです。風の子守唄を。だから、わたしの声じゃダメなんです。あなたでないと」
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