シャクジの森で〜青龍の涙〜
すぅ、と息を吸い込んだ後に出された声は伸びやかで柔らかく、アニスのものだけれどリシェールの声でもあった。


風の神を祝福する歌。


オルゴールから流れた旋律と同じものが風に乗り空まで届いていく。


すると、空に雲が立ち込め、スーッと、広場に流れる空気が動いた。


空から一つの雲の塊が渦を巻きながら広場に向かって下りて来ている。

だんだん大きくなってくるそれは、舞台向こうの空間にシュウゥゥ・・と音を立ててその場に留まった。

雲が左右に別れて現れたのは・・・

青い鱗を持つ綺麗な龍に乗った、褐色の肌を持つ若い男性だった。



『珍しく歌声が届くと思い参れば・・・そなた・・リシェールなのか』

『はい、久々にお会いでき、嬉しく思います』

『そなたは、身が滅んでおる。もう歌が聞けぬと思っておったぞ』

『はい、それゆえに、今の巫女の身体を借りたのです。貴方様と、青龍様に、もう一度歌を届けたくて』

『そうか・・む、待て。無粋な輩が近付いてきておる。龍よ、遊んで来い』



風の神がスッと舞台の上に降りると、青龍は空にぐんと上がりくるりと回った。


ごおぉぉーと大風が巻き起こり、国境に近い一部分を吹き飛ばした。


風の神はそれを見届けると、ふん、と鼻を鳴らし、リシェールの元に歩み寄って足元に座りこんだ。



『そこの、天使。そなたを狙っておるようだったゆえ、蹴散らしておいたぞ』

「え?・・・はい。ありがとうございます」



突然に声をかけられ、エミリーはドキドキしながらお礼を言うも、何を吹き飛ばしたのだろうかと不安になった。

心配げにパトリックを見上げれば、大丈夫だ、と言うように微笑んで背中がポンポンと叩かれる。


青龍は糸が切れた凧のように自由に空を舞い、小さな風を起こして遊んでいるように見える。

とても無邪気で、まるで子供のよう。



『この空で風を操るのは随分と久方ぶりだ、少々調整せねばならんな』



風の神が腕を一振りすると、青龍の動きが少し大人しくなった。

恐らく動きを操っているのだろうと思える。



『あの子は、以前の青龍様と違いますね。随分元気だわ。変わったのですか?』

『アレは、そなたを失くしたのと同時にこの国に大風を起こし、いずこかへ消えた』

『まあ!大風とは、もしかして喧嘩をして仲違いしたのですか?』



リシェールが眉をしかめて言えば、風の神はひらひらと手を振った。



『違うぞ。仲違いではない。・・・アレは、元々私のものではなく、その昔に土着のものを手懐けただけだ。アレのねぐらは風の谷だが――――はて、今はこの私にも見えん所に居る。・・・まあ、アレのことは良い。リシェール。存分に聴かせよ。久しぶりだ―――』
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