シャクジの森で〜青龍の涙〜
リシェールの歌に合わせるように青龍が空を舞う。


日が落ちてだんだんに暗くなり、澄み切った夜空に二つの月が煌々と輝く。

その空を、満天に輝く星の間を渡るように龍が飛び、舞台の上に寛いで座る神とその傍らに立つ巫女を祝福するように、月明かりは優しく照らし出した。

まるで一枚の絵巻のような光景は、エミリーをはじめとし、見つめる民の瞳と心を捉えて離さなかった。


時間を忘れて見とれていると、新たな龍が飛来してきた。

それは城の方角からきていて、同じ色の鱗を持つものの、飛び回って遊ぶ青龍よりもはるかに大きなものだった。

その大青龍は舞台の向こうに降り立つと、懐かしそうにリシェールを見た。

その瞳から、大粒の涙が、一粒零れ落ちる。



『なんと、久しいことだ、大青龍、お前が来るとは。今宵は、実に、目出たい―――』



大きな青龍は飛び回ることなく、舞台の上に顎を乗せてゆったりとくつろぎ、髭の部分をふわふわと動かして、リシェールの歌をうっとりと聞いていた。


風の子守唄と他の歌、全部で5曲を歌い終えたリシェールは、広場の方へ向き直ってニコリと微笑んだ。



『これで今宵の歌は終わりです。これからは、新たな巫女アニスが歌を奉納いたします』



歌を聞き終えて存分に満足した青龍達と風の神が『また聴きに参る』と言い残して空の彼方に消えて行くのを見送り、リシェールは舞台の上に落ちている物を見とめ、拾ってエミリーに手渡した。



『これは、風の神達と繋がる石です。これを、あなたから、アニスさんに手渡してください。身体を貸してくださりありがとうと。あなたが新たな巫女ですと、そうお伝えください』



エミリーのてのひらの上で、涙形に固まった透明の石が、ころん、と転がる。

それは、あの時ミアータが大切に持っていたものと同じで―――



「リシェールさん、これをわたしが渡しても良いのですか?あなたは、これからどうするのですか?」

『あなたに、お願いしたいのです・・・私は、もう行かねば。私の心に、漸く過ぎ去った時が追いついてきたようです。―――ヘルマップ様、私は、あなたを、王家を許します』



穏やかな瞳がヘルマップに向けられ、それを見たヘルマップは崩れるようにその場に跪き、頭を垂れた。



「リシェール様。有り難きお言葉、感謝致します」

『エミリーさん、あなたに会えて、ほんとうに、よかった――――』



アニスの身体から光の球がふわりと飛び出し、空に浮かび上がると小さな破裂音を響かせて弾けて消えた。



「リシェールさん・・・・」



エミリーは、アニスの身体から抜け出るとき最後に見せたリシェールの笑顔を留め置くように、瞳を閉じた。


それは、洗濯をしていたあの時の笑顔と同じものだったから。
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