シャクジの森で〜青龍の涙〜
「今日は少しあたたかいわ。とても気持がいい・・・」


その日の午後、ランチを終えた時間。

穏やかな日差しの射す中、エミリーは楚々としながらも弾むような心持ちで庭を散歩していた。

何しろ、護衛のシリウスがついているとはいえ、一人で庭に出るのは久しぶりなことなのだ。


今日は待ちに待った散歩自由解禁の日。


まだ風は冷たいけれど、深呼吸をして胸一杯に新鮮な空気を入れる。

あまりに気持ちよくて、はしたなくも伸びまでしたくなる。

きっちりとスケジュールの組まれた王子妃の生活の中で、唯一まとまった自由な時間が今なのだ。



雪深い冬の間は“足元が滑って危険です”だの“寒さで身体を壊します”だの、おまけに“アラン様に叱られます”だのと皆に言われ、その時初めてアランに禁止されてることを知り、散歩はずっと控える羽目になっていたのだ。

一度だけ、とっても寒いけれどもどうにも外に出たくなり、アランに頼んでみたことがあった。


あれは、雪がしんしんと降る夜の就寝前。

いつも通りにソファから抱き抱えられてベッドに移動する時のこと――――




『アラン様?あの、おねがいがあるんです』

『ん・・?何なりと申してみよ』



ポスン・・とベッドの上に転がされたエミリーの身体の横に、アランが肘を立てて寝転び、ゆったりと言葉を待つ。



『あの・・お散歩をしたいんです。寒くてもかまわないの。雪なんて大好きで、子どもの頃はスノーマンを作っては身体中雪だらけにしていたわ。ね、だからこのくらい大丈夫なの。いいでしょう?』



ダメ押しで、冷たいのは平気なの、と付け加える。

その時心の中は、思い切り雪遊びをしたい気分でいっぱいだったのだ。


瞳にお願いの気を込めて一生懸命見つめていれば、アランはピクリと眉を動かしたままに固まってしまった。

もう一度、アラン様?と呼び掛けると固まった表情を元に戻し、大きな掌で宥めるように華奢な背中を摩りながらこう言った。



『参ったな・・・それでは私が困るのだが・・・。どうしても、行きたいのか?』



どうしても。と聞かれてしまうと口ごもってしまったけれど、雪を見てウキウキとしてしまう気持ちを少しは分かって欲しくて『はい』と頷いて見せた。

すると、アランは口元に手を当てて暫く考え込んだ後、諦めたようにため息をついた。



『・・・では。人を余分につけるゆえ・・明日で良いか?』




・・・―――と。

その翌日にぞろぞろと人を引き連れて散歩に出かけ、スノーマンを作るだけに留めておけず、こんなに人がいるのならと皆で雪玉投げをして遊んだのが数ヶ月前のこと。


エミリーが雪の中外に出るとどうしてアランが困るのか。

その部分は未だに謎のままで、エミリーがいくら訊ねてもアランは決して教えてくれないのだった。
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