フクロウの声
今日は指令もなく、マオリはいつもと同じように
下働きをしていた。

井戸の水を汲み、手桶に注いだ。
凍るように冷たい。

マオリは両手を口元に持って行き、はあっと息を吹きかけた。
 
空を見上げると、
どんよりと曇って重たそうに雲がのさばっていてる。
庭に植えられた松の枝の影も重く黒い。
 
有松はにぎやかな夜を迎えつつあった。

最近では珍しくなった大人数の宴会が予定されており、
おかみも慌ただしく廊下を走っている。
 
大きな尻がすれ違う女中たちとぶつかりかける。
明るく指示を出すおかみを、マオリは目を細めて見つめた。
 
マオリもなみなみと水をたたえた手桶を持ち上げて、
勝手口から調理場へ入った。

温かい湯気を共に、
口の中が思わずよだれで濡れるような食べ物のにおいが
マオリの腹を鳴らす。
手桶の水を甕に移し、忙しく声の飛び交う調理場を見渡した。
 
マオリは客の前へ出ることはない。

忙しい時には膳を運ぶが、
おかみはマオリのもう一つの仕事のことを思って、
なるべく人目にさらさぬよう気を使ってくれていた。
 
それでも今夜の忙しさの中で何もしないのは気が引け、
マオリは膳を運ぼうとおかみを探した。
 
調理場から廊下に出る。

昼間のうちにぴかぴかに磨き上げた廊下に
部屋から漏れた灯りが柔らかく反射する。
 
にぎやかな声が聞こえる座敷へとマオリは足を進めた。
いつのまにか、音を立てずに歩く癖がついた。

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