孤高の魚



「幸せを運ぶ青い鳥……か、いい店だね」


歩きながらそう呟く僕の声に、野中七海はまた消えそうな微笑みだけで答えた。

心なしか、顔色があまりよくない。


「少し、冷えちゃったかな。
ホテルへ戻ったら、早く休もう。
明日は、午前中の内にこっちを出ないと」


そう口にしてしまうと、途端に東京が懐かしくなる。


二人のアパート。
朝のコーヒー。
野中七海の手料理。
尚子の笑い声。


そう。
僕達は明日、東京へ帰る。

そして夜には「さくら」へ出勤して、少しずつ、少しずつ、僕達は東京での生活サイクルを取り戻すだろう。

工藤さんにお礼を言おう。
そうだ、ママにも。


………


遠野さんに会った事で、僕の気持ちはすっかり晴晴れとしていた。
それも、僕が彼女に言えずにいた事を、遠野さんが全て言葉にしてくれたからだろう。


『逃げなさいな。
彼と二人で』


そんな遠野さんの言葉は、僕の胸に深く染み渡った。



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