フェアリーテイル
扉の先は、昨夜通されたミリアに宛がわれた部屋だった。
恐らくミリアが寝てしまったのであろうベッドも、綺麗にシーツや掛け布団も直されていた。
「…今更だけれど…やっぱり夢じゃないのよね」
「当然でございます」
ネーネは言うと、カギをミリアに差し出した。
「これはミリア様がお持ちくださいね。お望みならば、お帰りはミリア様のお部屋へ繋ぐことも出来ます」
つまりは、そういう性質のカギなのだそうだ。
扱えるものは少ないが、それはミリアやネーネのように「あちら側」と「こちら側」に縁のあるものならば誰でも使えてしまう。
「大切にお使いくださいね」
ネーネはそう言うが、ミリアとしてはどう使うも何も未だに何が何やらわかっていない状況だった。
「そうだわ、ネーネ」
ミリアはふと思いついてネーネに声を掛けた。
「はい」
「まだ日も出ているし、お城の外をお散歩してみたいんだけど」
「まぁ…それでは、サー・ニコライとメイドを何人か呼びますのでお待ちください。霧の森は危険でございます」
ネーネが恐ろしいといいながら毛を逆立てた。
ミリアは首を傾げながら、窓の外に広がる森を見つめた。
「大げさねぇ…何か怪物がいるとか?」
「怪物の方がまだ始末がいいですわ…。あそこは、霧の森の姫君がいらっしゃるのです。まだ幼い姫君だと聞き及んでおりますが、とてもその…」
ネーネはぶるぶると震えながら息をついた。
「あぁ!考えただけでも恐ろしいです!兎に角、森の傍をお通りになるなら、必ず護衛をおつけくださいませ」
ネーネは言うと、部屋を出て行った。
取り残されたミリアは手持ち無沙汰のまま、窓の外を眺めた。
ふと、木々の間を水色の布地がちらりと舞うのが見えた。一瞬だったが、ドレスの裾のような。
「…気のせいかしら…」
目をこすってみたが、もう見つけることは出来なかった。
「失礼いたします」
ベルの音と共に、ドアが開かれた。
振り返ると、サー・ニコライが羽音をさせて部屋に入ってくるところだった。
「こんにちは、サー・ニコライ」
「ごきげんうるわしゅう、ミリアお嬢様!森の近くへ散策にいらっしゃりたいとか。お任せください、我が鷹の騎士団がお嬢様の安全はおまもりいたしましょう」
「ありがとう」
ミリアは微笑むとちらりとドアの向こうを見た。
ネーネの不安げな視線とぶつかって、苦笑いする。
「大丈夫よ、ネーネ」
「ええ…。あぁ、そうですわ。ミリア様、そのお召し物は少し目立ちすぎてしまいますわね…。お召し替えを…」
そう言うと、器用にクローゼットの扉を開いて中を見るように促す。
ミリアは大人しくクローゼットに近づくと、中には何種類かのドレスが入っていた。
「ちょっと大げさすぎるドレスじゃないかしら…」
「そのお洋服の方が危ないですわ…。ライネ様のお客様なのですから、どうぞこちらをお召しになってくださいな」
何がどう危ないのかわからなかったが、ミリアは一番手近な位置にあった赤いドレスを手に取った。
「じゃあ、これでいいかしら」
「結構ですわ。さぁ、殿方は外へ」
後半はサー・ニコライに向けて言いながら、ネーネはてきぱきと準備を始めた。
外に控えていたのか、別の猫のメイドたちもサー・ニコライと入れ替わりに入ってくる。
猫たちに手伝われながらドレスに着替えると、なんだか本当のお姫様にでもなった気分だった。
「まぁ、よくお似合いです」
ネーネがはしゃいで言うので、まんざらでもないミリアは微笑んだ。
鏡に映る自分は、確かに悪くはない気がした。
「よろしいですか?外は優しいものばかりではございません。必ずサー・ニコライの言う事をきいてくださいね」
出かける寸前まで、ネーネは心配そうにそう言っていた。
ミリアはもう一度大丈夫だから、と言うと、サー・ニコライや何羽かの鷹たちに伴われて城を後にした。