とある神官の話



 あの事件は私が生まれたか、あるいは生まれる前かあたり。記憶にはない。ゼノンだって小さい頃だろう。

 神官が、枢機卿を殺害した。アガレス・リッヒィンデル。美しく強い人だったらしい。なぜそんな人が。
 理由が定かではないのだ。未だに行方不明。躍起となって探したところで見つからず、模倣犯までもが登場しているのだ。




「理由はともあれ彼は闇に堕ちた。何としても捕まえなくては」

「ええ」




 ごほ、と咳込むゼノンは顔が赤い。熱が上がったかと額に手を伸ばす「私は」

 熱をだした。風邪をひくだなんてありふれているはずで。なのに今横になっている男は色っぽく見える。銀の髪。赤い唇。苦しそうな吐息でさえ、艶っぽい。
 僅かに怯む私をよそに、されるがままだ。




「何か特別なものを持っていることが、わずわらしいと思っていました」




 ゼノンは熱が上がってきている。横になった彼の額に、濡れたタオルを置く。瞼はゆっくり瞬きを繰り返し、私を見る「私は無力だったから」

 その目は遠くを見ている気がした。「それが本当のゼノンさんなんですか」と私が静かに聞き返すと、彼はふっと笑った。どうなんでしょうね、と。




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