とある神官の話


 蹴りあげるようにして扉を開けたゼノンと、既に呼吸が上がって限界な私は止まった。急停止したが、彼は手を離さない。
 そこは、だだっ広い部屋だ。何もない。だが、私は思い出す。上のほうには、こちらが見えるようになっている部屋の窓。そこに、ほら、人が。



「ルゼウス……」



 それは多分、無意識だった。握られた手を私は離して、冷たい目をむけているルゼウスに叫ぶ。やめて。やめて!ルゼウスは何も反応せず、かわりに片手をあげた。
 反射的なのかも知れない。それは私が経験した過去があるからこそのもので。
 部屋は黒と赤。床からは亡者の叫びと手。ああまただ。また。

 腕を振って、術を発動させる。ゼノンが何かいう。だが私には聞こえない。ただ、彼が先程きた道に吸い込まれるように退却していくのが見えた。


 ―――――これで、いい。


 怨念のような声に私は、目を閉じた。






  * * *






「何なんだよ、これ」




 声がわずかに震えた。それは、同じくその光景を見ている私でさえ言葉を失い、その場に立ち尽くす。
 それは、既に終わった光景であった。

 血を撒き散らし、血溜まりとなったそれには胴体が沈む。頭部はなく、かわりに体を貫いたような跡が腹部にある。それは何も一人だけではない。山のように積み上がっている。無造作に。
 死体の山は、誰が誰なのかわからぬ程破壊され、もはや肉となっていた。咀嚼されているような、不気味な音を響かせて、"消化"されている。




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