とある神官の話



 そして、ずぶり、と床に沈み込んだものだから言葉が最後まで発せられることはなく―――――。
 水面に石を投げ、それが波紋となってやがて消えたように女の、シエナの姿が消えた。ルゼウスの手の平は、床についている。冷たく、勿論硬い。

 ルゼウスは、目を閉じた。
 何となくわかっていたのは、己の、沸き上がるような憎悪は、一体どこからなのかという疑問。
 シエナは、連れて来られた。そう、ルゼウスがルゼウスだと理解したときには、すでにウェンドロウの"モノ"だったのだ。逃れられない、呪縛のように。成長し、それが"植え付け"なのだということも、ルゼウスは気づいていた。



「だとしたら」



 ルゼウスは考えた。
 そう、考えたのだ―――――。


 闇が裂けた。そこから手や足が姿を見せていく。青い髪の男―――――"ウェンドロウ"を引き継いだハインツである。纏う外套が焼けたあとを見せ、顔に一線。浅く切られた傷がはしる。
 ハインツの目が台から、ここ、ルゼウスがいる場所へ注がれ、やがて笑った「ほう」




「術を破り動いた、か。ふふふ」

「ハインツ様」

「その女を連れて来い。完成させてやろうではないか」

「はい」




 再びハインツは闇へと消える。どうやら、彼らとやり合ったのだろう。彼らは、何故。いや、愚問だった。
 ルゼウスは床へ視線を向ける。そこには、ぴくりとも動かない"女"がいた。それはシエナだが―――――シエナじゃない。ルゼウスが用意した、"ニセモノ"である。

 ここには、そんな"ニセモノ"がいくらでもある。廃棄されているそれは、ハインツが手をかけ、失敗したもの。
 力を得たルゼウスには、容易いことだった。

 さて、と。

 ルゼウスは残り僅かな時間を、どうしてやろうか、と"ニセモノ"を抱えて姿を消した。






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