とある神官の話
「貴様らは、貴様はどうせ見ているのだろう!?」
「何を……」
「待て――――っ」
誰かに言っている。だが誰なのか。ゼノンが今にでも向かってきそうな勢いなのを制したのはハイネンだ。
何が―――――。
"それ"は闇から召喚されるように、ゆっくり姿を見せた。黒い霧を纏わせるように、指先や黒い街頭が見え、やがて一人の姿を見せてゆく。悍ましいというよりも奇妙な神秘さがあった。
青の髪。そして陶磁器のように滑らかな肌に絶妙なバランスでおさまる目鼻や唇。聖都にある彫刻のような美貌は人離れしているといってもいい。
どうして。私の唇がふるえた。
「義理とはいえ、セラの娘は随分良い子に育ったものだと感心するよ――――久しいな。ハイネン」
「アガレス」
その名前は、空気をかえた。
ふっと表情をわずかに和らげたのは、約二十程前に神官や枢機卿らを殺害し逃亡した指名手配犯――――アガレス・リッヒィンデル。
まさか、"彼"がアガレスだとは思ってもみなかった。
"彼"を私は知っていた。ヒューズの墓の前でも会ったし、教会でも会った男だ。彼が、アガレス・リッヒィンデルだったなんてもちろん知らなかった。
しかも、私がセラヴォルグの娘だと知っていた口ぶりに私は愕然とした。父はアガレスと知り合いだということは知っていたが……。
戦闘体勢を崩さないランジットの表情が硬い理由もわかる。
指名手配犯の中でも、大物。そんな彼と私は何度か会話をしているのだ。
動かない私らをよそに、男の声が響く。
「リッヒィンデル、貴様どういうつもりだ!ヤヒアといい貴様といい、貴様らは一体」
「言っておくが」
冷たい視線が揺らめく陽炎となったハインツもといウェンドロウへ注がれる。
「私はお前には興味ないし、手を貸した覚えもない」
アガレスが腕を振るう。劫火。それは赤というよりも青や緑の禍禍しい大蛇にも見えた。悲鳴。ギィヤヤヤヤヤヤヤ!と間近に聞こえた悲鳴に蝕まれるような感覚。頭が痛い。