とある神官の話
ゼノンが刃を手に床を蹴る、アガレスや私との距離は数メートル。高さは術によるものらしい上空へ飛んだアガレスのほうがあり、ゼノンがこちらを見上げる形となった。
シエナ。
アガレスはそう僅かに呼ぶと、彼は腕から私を解放した。え、待って!
落ちる―――――そう身構えたが地にゼノンが慌てたように私を受け止めた。すぐ近くでは武装神官の「逃がすな!」という声。ゼノンは座り込んで、見上げる私と同じように空中を見つめた。
外套のように揺らめくのは、翼。それが空中でアガレスの体を支える。近くには黒い霧のようなものが漂いはじめている。私は無意識にゼノンの服を強く握る。
私やラッセルたちが見上げる中、アガレスの瞳には氷のような冷たさを帯びる。唇から紡がれたのは、呪うような言葉。
「お前たちの上司に言うがいい――――私は必ず復讐を果たすとな」
伏せろ!という声がした。それにならって地面に伏せる。眩しくて目を閉じることは普通で、例えば太陽の光が反射したとか、比較的経験がある。だが、逆ならば?
光を吸い取るように、または闇が吹き出す、伸びるように見えた。地面に伏した状態でしばらくいると、私を上から庇っているゼノンが「大丈夫ですか」と言う。ええ、と頷きゆっくり視界を開けば――――勿論、アガレス・リッヒィンデルの姿はない。
先に入った私らと、後にきた武装神官のみがただただ呆然と、そこに残された。
―――全て最初から、"彼"なんかいなかったように。
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