とある神官の話
ヴィーザルは誰もいなくなった部屋で、突如体を折り曲げた。肩がふるえ、それは指先までもにわたる。乱れる呼吸のまま、衣服をまさぐり、ケースを出す。ケースには錠剤が入っている。
それを何の迷いもなく口へと放り込み、かみ砕く。
それは"発作"とも言えた。
折り曲げたままのヴィーザルに「大丈夫か」という声。反射的に抜いた刃は寸前で見事なまでに静止する。
いつのまに。
そうやって"発作"がおさまってきた中、突如部屋に現れた男に、剣士は刃を下げた「……お前か」
「"あれ"はどうした」
「何か企んでいるらしい。少し出るといって消えた」
「……大丈夫なのか」
「私を誰だと思っている?」
自嘲気味に笑う男――――アガレス・リッヒィンデルは部屋の壁に寄り掛かっていた。"魔術師"の能力を持ち、ヴァンパイア男である彼は普通の人の二倍は生きているだろう。経験が違う。
"あの男"から見つからないようにするのも可能なのだろう。
"発作"がおさまったヴィーザルが大きく息を吐く。
「どいつもこいつも不愉快だな」
「今に始まったことではないだろう」
「幽鬼のいくつかはすでに倒されたようだが」
「ああ……」
「遠回りをしたが、あの子が鍵となるだろう」
アガレスの表情がやや柔らかくなった。それをヴィーザルは珍しい、とでもいいたげに見つめた。
この男は、常に冷静で、冷たい印象を与えることのほうが多かった。敵は容赦なく断罪する――――だからこそ、あの事件が起こしたのだろう「一つ聞くが」
何だ、というアガレスにヴィーザルは口をひらく。
「その子は、大丈夫なのか」
有名な"セラヴォルグ"が引き取り、彼の亡き後には後見人としてバルニエルの高位神官であるアーレンス・ロッシュがついている、"その子"。
イカれたウェンドロウの被害者。
ヴィーザルの問いに、アガレスはああ、と頷く。アガレス自身、"あの子"に危害を加えるつもりはない。
「世界は美しいが、やはり残酷だ」
溜息をつくアガレスが、悲しげに目を伏せる。そしてやがて顔をあげ「ではまた」と姿を消した。