とある神官の話
* * *
目を閉じていた。
何かを思い出すように。
「―――あの時」
私服で二人向かい合うようにして座るのは、久しぶりだ。向かいには何かを思い出すように目を閉じたアーレンスがいて、酒を片手にしている。
「私たちは、信じて疑わなかった。上からの命令だからと。疑問点があったけれど、些細なことだと目を閉じた」
「お前だけではなかろう。ハイネン」
「…わかっていますよ」
現教皇よりも前の教皇からあったとするそれは、秘密裏にされていたこと。正確にはわからないが、王国時代からではないかとも囁かれる。
わかっているのは――――何代か前からだということだ。
"能力持ち"。"異能持ち"。地方では異端児ともされた彼ら。今は神官という身分になればそれなりに尊敬される。とくに"能力持ち"は。
「思えば、当時セラヴォルグが言いはじめたような気がするんです。アガレスもそれなりに疑問点はあったみたいですが」
「力を求めるが故に、犠牲を出す」
「私らは比較的長い寿命を持つ種族です。それゆえに孤独で、死因の半分は自殺だとも言われるくらいですから」
「……?」
迫害された者は、ひたすら力を隠して普通を望んだ。そうしていつの日か、"黒幕"を倒そうと考える。黒幕は根強かった。一人ですむなら、あっさりと終わったことであろう。
あのアガレス・リッヒィンデルも、"大切な人"がいた。心から大切で、その人のためなら命を差し出してもいいというくらいの人が。
私が拾われるように神官になる前、アガレスに出会う前のことは――――私は知らないのだ。彼がどんな風に生きていたのか。ただ、セラヴォルグとはかなり古い付き合いだったようで、時折それが羨ましくもあった「支える者というのは」
「立ち向かい、守ろうとする者を支える者は、思っている以上に大変なんですよね」
迎える者。会いに行く者。
守るために刃を手に戦う。だが。迎える者にしてみれば、いつ死ぬかわからないようなところへ向かってほしくはないだろう。