とある神官の話






「ハイネン、お前は何処まで知っている?―――何を知っている?」



 アーレンスがふっと眉を潜める。
 聖都の裏で起こった問題を知っているのは数少ない。その中でもさらに深く知っている者も。
 今となっては、詳しく、深く知るのはもしかすると私だけかも知れない。ミスラも知っているとはいえ、私やセラヴォルグ、アガレスという三人の過ごしてきた日々とは比べられないだろう。

 ぐっと赤色を飲み干す。




「アガレスに、大切に思っていた女性がいました」

「それは知っている情報だが」

「それを殺したのが―――神官ら、枢機卿らだった。ただ殺されたんじゃない。彼が彼女の死が病などではないと気がつき、知った後が問題だった――――」




 ――――何故!何故だ!
 ――――アガレス、一体何が…
 ――――私が、私か……殺した?




 秘密裏に行われていた"それ"。
 脅威と見なしたものへの容赦ない排除。断罪。迫害され敵対したものとの戦い。私が拾われる以前からあったそれは、本当に"敵"だったのか――――否。

 間違っていたのは、正しかったのは――――。

 静かな怒りとなったアガレスが、それから後日。それが今から約二十年前の事件となるのだ。



「病で死んだと思っていた人物が、大切な人が、己ら神官や枢機卿らの手によって殺されたというのは――――あの事件を起こす理由になるでしょう」

「わからなくもない。だが、殺して何になる。殺したとしても、戻らないのはわかっていたはずだ」

「だとしても、あの事件かなければ"今"はないですよ」




 押し黙ったアーレンスの空となった杯に酒をそそぐ。



< 486 / 796 >

この作品をシェア

pagetop