とある神官の話


 目を閉じるとまだ思い出せる。

 暫くここを開けていたのだが、アガレスはちゃんと畑の世話をし、掃除をしていたらしい。お前が言ったんだろうが、と彼は言ったが、何だかおかしかった。
 アガレスが私を「貴様」とあまり言わなくなり、私に鍛練や能力の扱い方を請うようになったのは―――何だか微笑ましく思えた。言えば睨まれるから言わないが。

 刺々しさがだいぶ抜けたな、と思う。

 行く宛などない。アガレスはそういってぼんやりとしていた。たまにアークが絡んでいき、彼がやや面倒臭そうに、それでいて満更でもない様子で答える。私はそれでもいい、と思った。知らないなら知ればいいと。
 あれからアガレスが「お前が拾ったのだから」と私に何かしらを求めた。別に部下になれとは言ってないし、護衛しろとも言わない。そんなぼんやりとした何かが歯痒いのか。
 ならば、お前はお前でいろ。私を知るお前で、私の友として―――。
 そう言った私にアガレスが呆れながらも「…承知した」と頷いたのはちゃんと覚えていようと思った。




「そんなことがあったのか」

「力があったからといって、変えられぬものもあるというのにな」




 私が見たものを話しながら、アークからの手紙をひらいていく。そこには近況報告と会いに来いといった内容が書かれていた。
 ふと視線を戻せば、ちょうどアガレスが神官に関わる本をひらいているところだった。


 思えば――――。
 一番手っ取り早いのは、神官になることではないだろうか。


 そもそも"能力持ち"は管理されることが殆どだ。しかもアガレスは"魔術師"の力を持っている。ただ働くとしたら少し面倒なのだ。聖都は常に優秀な人材を求めるし、"魔術師"を重宝する。何たって珍しい能力だからだ。
 あれこれ規制されるなら、いっそのこと神官になってしまえばいろいろと保障される。まあ、問題は本人の意思だが。
 そこまで考えて、言うだけ言ってみるかと結論づける。




「アガレス、お前神官になる気はないか」

「……」

「今のままでも生活は出来るが、面倒臭いことを考えると損はないだろう」




 考えてみてくれ、と続けようとした私に「お前でも」と彼は言う。




「神官になれるなら、私でもやれるだろうな」

「おい」



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