とある神官の話



 魔物をほかの連中に任せ、私は一人壁に足場を作り、二階の窓をわる。するりと身を滑らせ着地。朽ちかけた建物の内部へと侵入すれば、足元から感じる"何か"に眉を潜めた。
 足早に二階を進めば、背後!

 受け止めた刃が金切り声を上げる。相手は外套の下に戦闘用ボディースーツを着込んでいるようで、動きが早い。
 両手には短剣が握られ、頬を掠めた。




「中々やるではないか。だが」




 回避し、"術"を発動させる。床に縫い付ける。この程度ならば話にならない。




「何者だ」

「……れ………だ?」

「おい」




 顔を見れば、まだ若い。しかし不自然に焦点がぶれる。見ているようで、見ていないそれ。
 ――――薬物中毒者か?
 がちがちと歯を鳴らし、「やられる、やられる!」などという。やられる?一体どういうことか。
 外套の下、ボディースーツはあまり良いものとは言えない。あちこち傷があり、胸元は開かれていた。そこには思わず眉を潜めるものがあった。闇術の一種の術式がまがまがしく刻まれている。
 無理矢理こうして術式を刻み、強制的に闇に堕とすこともある。自らの意思で闇術に手を染めた者ではないのかも知れない。
 まあ回復を待てばいい。男を気絶させると、騒がしさが競り上がる。階段を上ってきたのは同じ神官で、「ご無事ですか」と呼吸を乱す。視線は男に注がれた。




「闇堕者はほぼ制圧しました。実験室もまたほぼ回収不可能です」

「そうか。こいつを頼む。もしかしたら話しが聞けるかもしれない」

「!わかりました」




 神官が仲間を呼び、術で動けなくした男を運んでいく。既に外も中も勝負はついたらしい。





 上からの命令とはいえ、人を救うことよりも殺害するほうが多くなっている。魔物はともあれ、闇堕者とはいえヒトなのだ。生きたヒト。肉を斬り、血を浴び―――良いわけがない。
 溜息まじりにふと、私は"それ"に気がついた。
 それは実践的なものではない。
 柄の部分には装飾がなされ、古い文字が刻まれている。<フィストラとともに>と刻まれているそれは、短剣だ。
 神官が使用する武器や防具には、"祈り"が込められている。悪しきもの……つまり魔物や闇堕者に効果を発揮する。彼らは清浄さや、祈りの力を込められたものを嫌う。
 この短剣をあの男が持っていて、しかも実戦で使っていた――――?
 闇堕者ならば、ああいうものは嫌うはずだ。触れるのも嫌がる。なのにあの男は平然と使っていた。




「……考えすぎか?」




 "偶然"だろう―――私はそう思った。魔物と戦い、闇堕者を取り締まる中でその引っ掛かりが巣くう。何故。私にもわからなかった。何故引っ掛かるのか。

 大きく息を吐く。

 ―――仕事のしすぎかも知れない。
 海に面した街、ヴァン・フルーレに私はいた。鴎が青空を過ぎっていくの見ながら、こめかみを揉む。
 あの生存者が、死んだということを聞いて私は驚いた。死んだ?何故。その話をしてくれた神官が言うには、闇術に精神を蝕まれたことによる死亡だそうだ。腕には無数の注射痕があったらしく、薬物中毒でもあったという。
 わざわざ聖都に送ったのにも関わらず、だ。




「セラ!」

「やあアーク」




 待ち合わせのために、私は喫茶店にいた。時間より少し遅れてやってきたのは少年――――いや、もう少年とは言えないだろう。
 アレクシスとの付き合いは長くなるが、何だかあっという間だと感じてしまう。つい最近まであどけなさがあったのに、今は見ればいい。身長は伸び、それなりに鍛練をしているから逞しさもある。


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