とある神官の話




 短い黒髪と、子供っぽさが抜けた顔は私を見るとくしゃりと笑ってみせた「すみません遅れて」




「いいや、気にするな」

「びっくりしましたよ。いきなり連絡が来て。まさかここにヴァン・フルーレに居るとは思いませんし」

「ちゃんと神官をやっているみたいでよかった」

「それはどういう意味です」




 ウェイターに注文しながら、私は笑った。
 彼にはもともと不思議な力があったのだが、そんな彼が神官になり、こうして同じ神官として並ぶなど何だか不思議だった。
 彼は何処か暗さを潜めていた。親とともに住んでいたあの家を離れようとはせず、彼は一人を選んだ。一人。周囲の協力こそあったが、彼は一人だった。そんなとき私を助け――――今に至る。昔に比べるとよく笑う。よく笑うようになったといえば、アガレスもだが。

 アークが神官になり、彼がヴァン・フルーレの神官となったのは少し前。聖都からは離れている土地であるため、顔を合わせる機会は減った。
 私やアガレスに剣術を請うていたあれからずいぶん大人になったものだ。……ああ、あれだな。




「何だか子供が独り立ちした気分だ」




 己の息子や娘が立派に成長し、やがては家庭を持つ。寂しいような嬉しいような。そんな気持ちだと私がいえば、アークが「いつから貴方の子供になったんです」と苦笑した。
 我先にと私に神官になったことを伝えに来たのはお前だろうに。
 私に関わる者は何故か、私にあれこれいってくる。あのアガレスでさえ度々顔を見せにくるのだ。




 ――――それが、私にとって嬉しいことなのは間違いない。




「まあ頑張れ。アガレスみたいにお前は捻くれていないから平気だとは思うが」

「そういえばこの前、アガレスさんから手紙来ましたよ。短文でしたが」




 捻くれ具合が些か無くなりつつあるものの、彼は上の連中とは相性か悪い。適当にやればいいものを。
 アガレスもまた聖都には殆ど寄り付かず、地方にいた。アークに比べるとアガレスと会う機会のほうが断然多かった。。

 パンを口に放り込みながら、「あの」と言われたため、どうしたと聞く。




「セラはその、えっと」

「何だ。好きな女でも出来たか」




 ガダンっ!
 勢い謝って椅子を真後ろに倒して立ち上がったアークに、視線が集まる。
 何やってるんだお前は。
 ああそうか、と私は気がついた。とりあえずアークを椅子に座らせ、ひとまず落ち着かせる。こんな状態あれこれ言ったところで混乱、あるいは羞恥で言葉が抜けるだろう―――が、それもまた経験であろうなと結論。

 彼は言う。気になる人がいると。しかも親しくなりつつあると。聞いているこっちが恥ずかしくなるくらいだった。



 愛する者。愛される者。
 記憶する者。忘却する者。
 待つ者。去る者――――。



 大切にすべきものを、私らはわかっている。けれどヒトは時折、愛してくれる人を、大切な人を蔑ろにしてしまう。無意識に後回しにしてしまったり、負担をかけていることに気がつかずにいる。
 心は叫ぶ。
 君が大切なんだと。
 一人で、誰かを考えるときはちゃんとわかっているはずなのに――――。



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