とある神官の話
――――???年
何のつもりなのか私は知らない。だが、男を殺してやる気は起きなかった。お前を助けたのは私の勝手だった。だがもうお前は自由だ。好きにすればいい。ただ、世界はいつだって残酷だが、孤独ばかりではないまま死ぬのは勿体ない。そう言ったのだ。
あいつは、セラヴォルグと名乗った。そして、小柄な少年はアレクシスと紹介した。
セラヴォルグは神官だと言う。それでいて"能力持ち"で、かなり強いことを知った。勝てなかった。お前は力のコントロールがまだ未熟だと言われた。未熟。幼い頃はこの能力は厄介だった。
だが、今は違う。自己流ではあるが使いこなせていたのが、あいつに教えられてからというものの、断然変わったのだ。
――――生きているからこそ。
「アガレスさんー!手伝って下さいませんか」
あいつ―――セラヴォルグは今この村にいない。仕事、だそうだ。
私は宛てもないため、アレクシス……アークのもとにいた。そう声がして、私は手を止める。向こうにはアークと村人の姿が見えた。
本を閉じ、仕方なくそちらへ向かえば荷車が止まっている。
「何だ」
「これ、どうにか直りませんか」
「……」
見れば、車の部分か破損してしまっている。困り顔の老人と、直して下さいと訴えるアーク。
"能力持ち"であり、かつ"魔術師"という能力らしい私の力は、セラヴォルグと同じ珍しいものだという。思考、言葉によって具現化できるそれは一部に特化したものよりも万能だという。
仕方ない。
手をそれに触れて、イメージさせる。変換はすぐ起こった。
見事に直ったそれに、「ありがとう」と言われるのが、何とむず痒いことか。老人に言われ、その背中を見送る。
「不思議な能力ですよね。羨ましい」
「……良いとは限らないぞ」
やけに大人びた少年は、そう溜息まじりに告げた。
「だって守れるじゃないですか。自分の意思や言葉で自由自在にそれを具現化できるだなんて――――ちっぽけな私でも誰かを守れる」
「お前……」
「さ、畑に行きますよ」
「私にもやらせるのか」
「当たり前です。働かざるものなんたらってセラが言っていましたし」
食うべからず、だろうに。
肝心なことを抜かしたアークが、年相応な笑みを浮かべ先に行く。溜息。
何故私が……と最初は思った。
今までこんなに穏やかな日々を過ごしたことなど、あまりなかった。幼い頃は生き残るのに必死で、大人に媚びを売りながら色々と学んだ。
アーク位の年自分は一体何を幸せだと思っていたのだろう。アークのように"誰かを守りたい"などとは思っていなかっただろう。私は生きる。何としても生きる。そうやってきた私は、既に手は血塗れだ。何人も殺した。生きるために。
私がそんな過去を、戻ってきたセラに話したのは気まぐれだった。話しなら少し待てといって、飯と酒を用意して。
こんな血生臭い話をアークの前でするのは気掛かりだったが、本人はいたってけろりとして「セラも怖いですからね」などと笑った。確かに怖いですよ。けど、私はもっと怖いものを知っていますから。ねぇ?セラ。そう言われたセラは「お化けは怖いな」などと茶化す。
何だか、気が楽だった。
誰がを殺さなくてもいい。誰かから逃れることもない。穏やかな日々。
「これはまだ、セラには話していないんですが」
雑草を引っこ抜きながら、アークは言う。
「私、神官になろうと思うんです。それでいつかセラと並んで働けたらなって」
ちょっとした夢というか、と照れた様子のアークに、「そうか」と私は言う。
―――確かにあの男は、誰かが憧れてもおかしくない実力を持っていた。私がかかっても軽々と避けて、私を沈める。涼しい顔をして、だ。
年が近い同族というのもあってか、何だか無性に悔しかった。そして―――なんてあいつは強いのだろうと思った。素直に凄いと思った。あいつは、凄い。