とある神官の話

 ―――――???年



 アレクシス・ラーヴィアが死亡したのは今から少し前だ。私がその連絡を受けて到着した時には既に埋葬された後で、傘をささずに立ち尽くした影を私は見た。

 アークの妻が拉致され行方不明となり、死体となってから、彼までもが死んだ。そして保護されていたはずの子供も行方不明となってしまうだなんて―――。




「セラ」




 雨の中、先に来ていたセラヴォルグはあえて防水のための術をかけていなかった。濡れた髪の毛から雫が落ちる。




「大量の魔物だなんて、本当だと思うか?」

「……報告ではそうされている」




 アークが結婚すると聞いたとき、一番に喜んだのはセラだろう。妻であるフィルに「どうか支えてやってくれ」といい、アークには「泣かせたり困らせたりする度に殴るからな」といい、アークを笑わせた。
 私自身も、そんな出来事にまさか己も巻き込まれるだなんてと戸惑いながらも、"友"として祝った。

 フィルが拉致され殺害されてから、私も犯人探すべく動いたが――――駄目だった。しかも、アークが死んだ。セラと話し合ってせめて、子供は守ろうと誓ったのに……。それも叶わなかった。


 私は知っている。

 珍しく「聖都に行く」といったセラに付き添った私は、彼が枢機卿に食ってかかったこと。初めてみるかもしれない、その怒りの様子に私はただ、彼を宥めるしかなかった。
 我々は最善を尽くしていた―――。彼らはそう言っていた。
 フィルが行方不明になった時は、神官らも動いた。神官は闇堕者から狙われることも多い故、もしかしたら闇堕者の仕業ではないかと言われたのだ。研究者でもあったアークにも護衛がついたし、勿論子供にもだ。
 できる限りの最善を尽くしたといってもいいだろう。


 だが、セラは納得しなかった。




「少し前、アークから私に切羽詰まったように連絡をしてきた――私は死ぬかもしれないと」

「なっ…!」



 どういうことだ、と私は聞き返した。自然と握られた拳に力が入る。


「研究していた"術式"は危険なものだったため、封印しようとしたアークに、上がそのまま研究の続行を命じたと」

「馬鹿な…!ありえない」

「――"術式"や"文献"等に危険性があれば封じるのが研究者の神官なはずなのに、だ。上の連中の一部は闇だと、そしてもしかしたら私は死ぬかもしれないとアークが言っていた」




 アークは勿論、危険性があるものだと訴えようとした。だが、とアークは言われた通り続行している"ふり"をして、それを隠したらしい。何としても守り隠さねばとそれを――――子供に託したと。
 セラはアークからの連絡の後、急いだが間に合わなかった。アーク自身が言っていた通り、アレクシス・ラーヴィアは死体となったのだ。
 彼は死を予感し、その通りとなった。
 滞在していた村に、"大量の魔物"が発生し、それをい止めるべく、強大な力を使った上の死亡……そんな報告がされていたが、わからなくなった。


 偶然、ではないのでは?


 私の中に生まれた"それ"は、黒い染みとなった。そしてじわじわと広がった。枢機卿らに、闇に手を染めた者がいると?闇を取り締まる側の者が?



 私は、わからなくなった。



 私は、セラが言っていた"闇"に関して己も少し調べようと思った。その時はなんとも思わず、ただ任務を遂行したが……考えると些かおかしいと思うことが浮かんでくる。何のために掃討戦をしたかといったら、間違いなく闇を滅ぼすためなのに。

 それは"本当"だったのだろうか。
 一度そう、不信感が生まれると全てが疑わしく思える。

 ――――だが。

 神官ならばともかく、枢機卿とあろうものが闇に身を投じるか?人々を犠牲に、両手を血に塗れさせてもなお、それを止めないなど…闇堕者と変わらない。もし、闇に堕ちた者だとしたら……?

 わからない。
 わからない……。



 "真実"は、何処にある?







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