とある神官の話
――――???年
ノーリッシュブルグの、神官養成の建物。その鍛練場にはいくらかの見習の姿が見える。その中で異質だと密かに囁かれ、しまいには変人だと言われている男が私に向かってくる。早い。
持っているのは木剣。練習用のそれを薙いできたのを避けると、続けて切ってくる。やれやれと私はそれを避けながら「久しぶりだな」と言った。
男は、やや呆れたようなそぶりを見せた。
「ついこの前も来た気がしますが」
「そうだったか?」
「ああもう……貴方といいセラといい、何でこう……」
もういいです、と攻撃を止めたヨウカハイネンに「あれと一緒にするな」と言っておく。
セラに拾われた私が神官になったのと同じように、何故かこの男もまた神官の道を選んだ。ヨウカハイネン・シュトルハウゼンという名の男を、何の運命なのか"拾って"しまった私が悪いのか。
ただ、ハイネンの場合私がセラに拾われた時よりも断然、比較的捻くれていない好青年といった彼はあっさりと馴染んでいる。
別に神官にならなくてもいいのに、と思ったのだが「それより」
「まだノーリッシュブルグにいるのか」
「えぇまあ。情報を一応集めるために必要でしょう」
「……お前な」
怪しげな組織の名前を挙げたのは、セラだった。
―――<神託せし者>
いかにもという名前だが、私がつけたわけじゃない。そういう組織があるというのをセラが調べたらしいが、何というか胡散臭い。だが、調べるとそれが本当にあるかも知れないと思うようになってきているのは私もセラも、ハイネンも知っている。
名前なんてどうでもいい。
実際そういう奴らはいくらでも名前を変える。
どれだけの神官が、悪どいことをしているのかなど、それこそ莫大となる。
頭を痛める問題ばかりだ。
セラが核心している闇は――――私は少しばかり半信半疑なのだ。ある、とは思う。だが、セラはもっとこう、アークが死んでからというものの、私はセラが心配だった。あいつのほうが、先に壊れるのではないかと。
「それより、アガレス」
木剣を回しながら、ハイネンは少しだけ悪戯っぽい顔をした。
「彼女に会って――――ぐぇ」
「余計なお世話だ」
足払いをかけて体を倒し、踏み付ける。暴力反対などという元気があるらしく、本気でやってやろうかと思った。
確かに私は助けた。そして気まぐれにあれこれ手配し、彼女が生きられるようにした。別に何でもない。ただ、ただ彼女が死ぬ必要はないと思っただけ。ああそうだ。ヒトが死ぬのを見るのは不愉快だけのこと。
まるで言い訳だな、とセラヴォルグがにやにやと笑った顔が浮かんで腹立ち、八つ当たりのようにハイネンを踏み付ける。
―――――……。
………。
「ずいぶんと疲れているのね」
それはすぐ近くで聞こえた。目を開くと、黒髪の女がいた。女の顔の背景には木が見える。どうやら私は眠っていたらしい。どうりで色んな時の場面がとぎれとぎれな訳だ。
ああ、疲れてるらしいな。
そう返してすぐ、失敗したと思った。眉を潜めた彼女を不安がらせたらしいと気がついたときには遅かった。
「貴方たち三人で、どうせ危険なことをしているんでしょうね」
「危険ではない」
「嘘はばれるのよ、アガレス」
セラもハイネンも、彼女に何かを言うことはないだろう。だが、彼女とて馬鹿ではない。
木の側で横になった私に、彼女は覗き込むようにして己を見ていた。
「ねえ、お願いだから自分を大切にして」