とある神官の話
体を起こして、改めて彼女を見遣る。細い体は、力を込めれば折れてしまいそうだった。
血で汚れた私が触れることを躊躇うほど、彼女は繊細で儚く見えた。
手元にある本を閉じ、目を伏せながら彼女はいう。「私はいつ死ぬかわからないから」と。それに私は苛立つ。苛立つ?そうじゃない。
―――――私は。
「お前は」
振り向かせるために掴んだ腕は細くて。僅かに驚いた様子でこちらを見た彼女の髪が肩から落ちる。
「死にたいのか」
「!わたしは…」
彼女だってわかっているはずだ。 自分の力が、研究する価値があるものだと。
もしかしたら狙われるかもしれないと、セラは話していた。何かあったら死ぬ気で逃げろと。身を守るために術式を展開できる触媒も彼女に持たせている。
―――あの子はわかっている。
私たちがあれこれ彼女を守ろうとすれば、彼女は自分が危険性を孕んでいると理解する。それを気にして、彼女は心配かけまいとするだろうとセラが言っていた。確かにそうらしい。私が行けば、苦しくても笑う。冗談を言う。平気だという。
私は、馬鹿だ。
セラに言われるまで、気がつかなかった。見知らぬ場所。一人。考える時間は余るほどある。
自分を追い詰めるだけの、時間が。
「生きたい、よ」
小さくもらした本音。
それに安堵している自分。軽く引っ張って、胸を貸す。何やってんだ自分はと思った。だが、そうするべきだと思った。そうしたいと思う自分がいた。
――…あれから、彼女は明るくなった。よく笑い、ちょっとばかりの我が儘をいい、私たちを困らせる。
私は頻繁に彼女に会うようにした。彼女も「寂しいから会いにきて」と言った。私はそれに従っているだけだと思っていた。だが、それはただ気がつきたくないだけの言い訳だ。
「私より彼女のほうが先に死ぬとわかっていて、私にそれをいうのか」
"それ"を指摘したのはやはりセラだった。いつまで逃げる気なのだと。お前は知っているから、"それ"アルエに言わせないようにしているのはお前自身だと。
ああ、そうだ。
彼女は私を、好きだという。それはただの好きではないことも私は……。
私は――――そう。彼女を看取らねばならなくなるだろう。一人年老いた彼女は、姿のさほど変わらぬ私を置いて。それは残酷だ。残された者のほうが苦しい。
度数の強い酒を空け、珍しくセラも酔っていた。
「だとしたら、何だというんだお前は」
「……なに?」
いつもより些か口調が荒いまま続ける。
「愛しているならそれでいいではないか。お前が彼女の最期まで側にいて、愛してるといえばいい。最期を看取らねばならない?何を恐れることがある。ぐだぐだと言っている間に、時間は削られるぞ」
わかったならとっとと行け馬鹿者。そう苦笑したセラと、焦りながらも彼女のもとへ向かう私。思えばあいつには借りばかりだ。返そうとは思うが、多すぎて全て返せないだろう。
時刻はすでに夜だ。
彼女は部屋はそこで生活できる様にそれなりの広さがある。
寝ているなら、それでもいい。
ただ顔は見たかった。控えめにノックをすると「はい」と返ってくる。起こしただろうかなどと思うと、日を改めたほうがよかったかと後悔したが、仕方ない。
彼女はベッドの上で、手元だけを明るくして本を読んでいたらしい「なに」
「こんな時間に。夜這い?」
何処でそんなことを覚えたんだ、と呆れた私に小さくアルエが笑った。ほら、座ってと椅子に座るよう促す。