とある神官の話
――――と思っていたのだが。
枢機卿長の部屋から出てきた途端、神官に「今すぐシュトルハウゼン枢機卿のもとに行ってください」と危機迫る様子で言われ、やってきたのだが。
仁王立をしたハイネンと、何故か正座させられているラッセルが目の前にいる。珍しい光景だった。
「仕方ないだろう。相手はリシュター枢機卿長だぞ」
「だから何だというのです」
「…そんなめちゃくちゃな」
「あの」
何がどうなってこうなっているのか。溜息をついたハイネンと、立ち上がったラッセルが苦笑する。
座ろうぜ、という言葉に私は従う。
「なあ、お前さん何でそんなにリシュター枢機卿長を嫌うんだよ」
「……生き残ったからですよ」
「は?」
「まあいいです。とにかく貴方は私が一筆書いた手紙を持ってミスラのとこに行ってください。今すぐに」
「―――わかったよ」
全く、ともらしながら立ち上がったラッセルが「またな、お嬢さん」と私の頭を撫でていく。私も「お気をつけて」と返し、その背を見送った。
話が見えない。
リシュター枢機卿長に呼ばれて何を話したか、私はハイネンに聞かれた。話したといっても頼まれ事をされたぐらいだ。
だが、ハイネンは眉を潜め「ヴァン・フルーレか…」と呟く。
「アガレスが起こしたあの事件で、危険な研究をしていた連中は殆ど死んだと話しましたよね?一部は引退したりしていますが、まともに攻撃を受けても生き延びた人がいたんです」
殺すために襲撃したのなら、逃すわけがない。完全に殺すはずなのに重傷で済んだ男がいた。
それが――――アンゼルム・リシュターだそうだ。
当時リシュターは枢機卿で、後に枢機卿長となる。研究していた連中の殆どが殺害された中で重傷を負ったリシュターはややひっかかる。不謹慎だが、何故死ななかったのかと思ってしまう。