とある神官の話
ハイネンからそんな命を受けて、エリオンはアレクシスが研究していたものに目を通したり、資料を集めていたのだという。それでなおさらエリオンは、リシュター枢機卿長からの"術式"を見ただけで、その術式がアレクシスの研究していたものだとわかったらしい。
そこまではいい。
だが、何故ハイネンはエリオンにそんな命を出したのか。
そして――――リシュター枢機卿長は何故、再びヴァン・フルーレに聖都で封じられたはずの術式を戻したのか。
私は、ハイネンから聞いていた話を思い出す。アガレスや父の話。その中で登場した、アレクシス・ラーヴィアという神官……。繋がりがあるのか。
それから、そう。ハイネンはリシュター枢機卿長を怪しんでいた。アガレスは腐った輩を殆ど殺害したはずなのに、リシュターは生き残ったのは違和感があると。
あの、リシュター枢機卿長が…?
まさか。私は信じられない。
「約二十年程前、腐った連中は殆どリッヒィンデルに殺害されすっきりしました。彼は容赦なく殺害したという中で、生き残ったというだけでも怪しさ満点だと思いません?」
「ちょ、ちょとたんま。お前何いって」
「――――リシュター枢機卿長、ですか」
「おや、貴方は彼から話を聞いているんですね。ええ、重症くらいで済んだ人というのは怪しいっていうあれです」
……なんだろうと引っ掛かっていたのだが。さっきから喋り方がハイネンに近いのだ。
どういうことだ、という二人に「ふむ」と頷いてエリオンは簡単に説明した。それはアガレスの事件の裏、腐った連中。随分知っているな、と私は思ったがさほど詳しくはないようだ。
簡単に話を聞いた二人だったが「可能性、か」と険しい表情を見せた。
当たり前だ。
リシュター枢機卿長といったら、優しき賢者とまで呼ばれるような人物だ。そんな人が―――闇に身を染めているとは思えないだろう。
乱雑な部屋に沈黙が落ちた。
「アークが死ぬ前に何らかの術式を隠した、などと研究者の間で有名な話があるのですが」
エリオンは何が面白いのか、にやにやと笑みを浮かべている。
「ハイネンさんは言ってましたよ――――万が一それが見つかったら、大きな問題になるってね」
「でもそれは真実かどうか」
「ええ、そうですね」
――――どれが本当なの?
ハイネンから聞いたあの話。聖都……神官や枢機卿らに蔓延る闇。
これでは<真実を探せ>というあの言葉通りになる。
「まあ、注意しておけばいいんですよ」
ゼノンが呆れた顔をしている。何だか珍しい表情だな、と思った。
扉が乱暴にノックされ、私とランジットは何事かと振り返る。すると「バーソロミュー!またお前実験室を破壊したな!」やら「片付けろ変人!」やらの声。
もしかしてさっき聞いたあの声の……?
ゼノンだけが溜息をつき、冷たい視線をエリオンに向けた。
「そうだ、先輩の力を貸して下さいませんか」
「断る。とっとと行きなさい」
うげ、と腕を引っ張り引きずっていくゼノンは扉を開ける。向こうにはやや汚れた格好をした神官が二人。
どっちもゼノンに驚いたようだが、「さあ煮るなり焼くなり好きにどうぞ」とエリオンを突き出したため、軽く頭を下げ引きずっていく。
そんな中「イケメンのくせに!」などという声が地下にこだました。
何という捨て台詞。
もっとこう別なものがなかったのか。
「何か懐かれてるな、お前」
「……まあ」
神官になるために学んでいた見習時代に、たまたまエリオンと関わることがあったらしい。それからというものの"友人"なのだそうだ。
悪い奴ではないんですよ、と苦笑するゼノン。
しかし、そんな見習時代からエリオン・バーソロミューは変人と言われてもいたらしく「今は第二のハイネンと言われているらしいですね」まじですか。
なんというか。
やっぱり私は何かに呪われているんだろうか?
私の知り合いは奇人変人大集合状態であるな、と思った頃。エリオンの部屋に残された私達は暗い気分だった。
「何かやばいことになってきたな…去年に引き続いて今年も波乱な予感だ」
そんなランジットの言葉通り、私も波乱の予感を感じていた。
ヴァン・フルーレで、一体何が起こるというのか……。
* * *