とある神官の話
――――聖都。
わざわざ手紙を書いて、時間をとってもらった。勿論、相手はそう簡単にはいかないが、無理を通した。無理が通る相手だからこそ可能だった。
着慣れない枢機卿衣を我慢しつつ、私は覚悟を決めた。
―――本来ならば誰よりも先に、彼に話さなければならなかったと思う。
私自身、あまり話したくなかったのだ。思っていたより私は傷ついていたようで、笑ってしまうくらい弱っていた。私はセラヴォルグやアガレスのように強くない。
私は甘ったれなのだ。
アガレスに拾われてからも、何処か彼らをいつも頼っていた。見た目だけ立派になったところで何になる。二人は凄かった。とくにセラヴォルグには敵わないと思った。いつもいつも。
私が知る記憶は、私がアガレスに拾われてきた時からのもの。それよりも前の話しは、本人らが日々の中でたまたま話したことを記憶していたものだ。
私は忘れてなど、やらない。
―――ついこの前シエナに話したばかりだった。あれだけ詳しく話せたのは、彼女だったからか。
「成る程な。それがあの事件の裏側という訳か――――何故急に話してくれたんだ?」
「危険だと判断したのですよ……それに今の貴方は、私が思っていたよりも"大人"になりましたから」
「おいおい。俺はもう中年だぜ?気づくのが遅いっつーの」
「根本的な部分は変わりませんがね、フォルネウスは」
立派な教皇衣を纏った男…エドゥアール二世、本名フォルネウスは「まあお前に比べたら子供だろうが」と笑った。
幼い子供が、気がつけば神官になり、あっという間に今。
俺が教皇になったら、だなんていっていた頃を私は懐かしむ。
「大変だっただろう。一人でそれを抱えこむのは」
「何を馬鹿なことを」
視線を落としたフォルネウスは、そうぽつりと言った。
ミスラ・フォンエルズや、アーレンス・ロッシュらも多少なりに知っていたから、私は独りではなかった。そういうと「それでもだ」とフォルネウスはいう。
やれやれ。
貴方らしくもない、といってやれば苦笑が返ってくる。
「何も貴方にそんな顔をさせるために話したんじゃないですよ、ハナタレエドゥアール」
「たれてねぇよ――――わかってる。だが俺はここから動けねぇ。それがもどかしい。お前たちに任せっきりになってしまうのがな」
「"子供"の面倒を見るのが親の勤めですからねぇ」
証拠らしいものはまだない。だが、アンゼルム・リシュターに注意を向けておかなくてはならない。それは長年の勘に近いものだった。
あのアガレスが中途半端にしておくはずがなかった。
アガレスから直接襲撃を受けた者らは、殆ど死んだ。巻き込まれて軽い怪我を負った者もいたが、リシュターほどではない。何があって、彼は生き残ったのか?そして何故――――密かに"あの"アレクシス・ラーヴィアに関わるものを調べているのか。
アレクシス……アークの子供は行方不明のままだった。一時期、一部の腐った連中が捕らえたという記述もあったそうだが、それもまた更に逃げられたらしい。
大の神官や枢機卿らから子供がそう簡単に逃げ出せるか?
やはり、そう。
アークは、何かしら手を打ったのだ。術式を封じるように子供に託して。
私が考えていることは、ありえないともいえない。だが、セラヴォルグがあれだけあの子に手をかけた理由にもし、あの子が……血を継いでいたから、だったら?
あの人のことだから、本気で愛していたのだろう。己の娘を。
あくまでも、という予想だ。確かめる術はまだない。
「なあハイネン。約束してくれないか」
「何です、改まって」
温くなった紅茶を飲み干したフォルネウスの瞳は、真剣だった。
足を組んだままの私に、美丈夫の名残を残したままの彼が「頼むから」と続ける。
「無理はしないでくれよ」
馬鹿、ですね。
まるで哀願するかのようなそれに、私は全く、と溜息をつきたくなる。
私は種族上、かなり丈夫な体を持つ。アガレスやセラヴォルグに鍛えてもらった腕もある。簡単には死なないし、死ねない。私は生き抜いてみせる。
「ええ。わかっていますよ」
そういった私に、フォルネウスは子供のような笑みを浮かべた。