とある神官の話

「彼、一時期殺害されたという噂があったらしいんです。研究していたものを狙われた結果だと」

「しかし彼は」

「ええ。魔物によって命を落としたとされていますので、あくまでも噂でした」

「でした…?」




 過去形でいった彼は「それ、事実らしいんですよ」と、とんでもないことを言い出した。



「ハイネンさんが言ったんですよ―――アークは殺害されたといったほうが良いと」



 ―――そして。
 元からそんなことを言っていたのは、ハイネンではなく、"あの"セラヴォルグだったらしい。彼から何かしら聞いていたなら、ハイネンが知ってもおかしくはない。

 やはり、あの人は何を考えているのか掴めない。
 そして、だ。
 アレクシス・ラーヴィアが研究していたものを引っ張り出してきた枢機卿長…。よからぬことばかりな気がする中で、この男はというと「うふふ」と書物を見てにやにやしていた。




「アークが命を犠牲にしてまでも守った"術式"というのは、やはり気になりましてね。ひっそり探ってるんですよ。勿論危険度はばっちり」

「お前…」

「で、これを見て下さい」




 厳重に封がされているボロボロなそれは、はてと思った。それは例えば本や手記を乱暴にページを破ったような――――。
 そしてなにより、見かけない文字の羅列は、そうだ。シエナの家が荒らされた時に見た、あの切れ端の文字と近い。近いというか同じか?それを解決させたのは「ヴァンパイア達が使っていた古い文字ですよ」という言葉だった。

 まず、読めない。
 シエナは読めるといっていたが…。

 途中途中かすれて、かつ虫食いがある中でエリオンは指をさす。




「これ、アークの研究していたものについてのメモみたいなのらしくて。虫食いなのでちゃんと読めませんが――――ここに人物名らしきものが出てきます」

「お前読めるのか」




 私ですからね、と意味不明な自慢をした男は「ま、少しですが」と続ける。

 名前、といったが私には勿論読めないのでエリオンが「多分」といった言葉に耳を傾ける。

「シューリエリナか、シュエルリエナか、とにかくそんな感じの名前と――――彼女自身に封じられたらしき"術式"についてが書いてあります」




 出来ないことは、ない。
 かなり昔は、そうやって"管理"されていたこともある。万が一闇堕者の手に渡ってもその者が命を絶てば破壊されてしまうものもあった。

 生きた、管理者である。
 現在は殆どないはずだが。

 エリオンの話しだと、封じられていることが記されていることくらいしかここには書いていないそうだ。続きは見事に失われているのである。
 一体誰が――――。
 文字を見つめながら考える私に「彼女が」とエリオンが口を開く。




「去年からあれこれ指名手配犯やらに絡まれたりしているのは、そんな理由があるのかも」

「おい待て。彼女って」

「シエナ・フィンデルですよ。彼女がセラヴォルグから貰った名前は―――シュエルリエナ、だそうです。それを考えると今一番危険なのは彼女かも知れません」




 ――――まさか。
 これを書いた主は?と聞けば首をふる。



「でもまあ、この名前が彼女だとは言い切れませんしね。名前なんて腐るほど大量生産されますし。ただ―――」

「彼女は彼女だ。何があろうともな」




 一瞬驚いた顔をしたが、やがて「重症ですね」とエリオンは呟く。
 重症で何が悪い。

 ただ、という続きに「とにかく」と彼はいう。



「傍にいたほうがいいでしょう。なるべく、ね」



   * * *



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