とある神官の話


 何だか慌ただしい、と食事を終えたランジットと私、ゼノンがそちらへ向かう。そこには「ちょっ、ちょっと…」と驚く光景があった。
 武装した神官が血だらけで駆け込んできたらしい。滴り落ちた血痕が床を汚す。
 慌てる神官の一人をランジットが捕まえる。





「おい、何があった」

「ネブル通りで、襲撃されたそうです」

「襲撃って」





 例のあれだろうか?聖都からの荷物を持った神官が襲撃されたという……。

 ランジットが口に出す前に、外から悲鳴。それにランジットとゼノンが弾かれたように外へ出ていく。それに私も一テンポ遅れて続く。

 外は闇色だった。夕食時の時間帯だ。大きな街ならばまだ人影はある。
 その中で悲鳴は女性で、民間人が"あれ"に巻き込まれたらしい。
 ――――あれは、大型犬ぐらいだ。犬、なんだろうが一種の魔物であることはすぐわかる。




「あいつにか?」

「違います!あれは―――」




 その時だった。
 夜空と街に、爆音が響いた。そしてその立ち上がった炎は闇夜を明るく照らすそれに、足を止めたのは私だけじゃないはずだ。

 ――――火事?

 呆然としていた私をよそに、先に動いたのは流石、ランジットであった。
 闇に紛れた魔犬の一頭切り伏せる。「ぼさっとするな!」という声に武装神官もまた応戦。辺りは騒然となっている。逃げ惑う人を庇いながら、神官らが応戦していた。
 火事に街中に魔物。ただ事ではないのは間違いない。

 私も慌てて味方に向けて防御術をかけ、爆音がした方向へ再び視線を向ける。向こうも向こうで騒がしい。当たり前だ。今頃消防が動いているだろう。




「まさか……第二施設が襲撃された、だと?」

「第二施設?」




 爆音がしたそちらの方――――。

 ここの神官の建物は本館である。だが他にも別館として研究等の目的の建物があるのだという。はっきりいって、かなりまずいのではないか?
 本館に比べるとそこで行われている研究は危険ではないのだが、それでも勿論人も"モノ"もあるはずだ。


 一体何がどうなっているのやら。

 毎回毎回厄介なことばかりが起きて嫌になる。とはいってもどうにもならない。
 ……よし。




「行きましょう」

「し、しかし」

「私は"魔術師"の能力持ちです。何か役に立てるかもしれません」





 案内を!といわれた神官が戸惑いながらも頷き「こちらです」と走る。

 背後ではまだ魔犬と怪我人で混乱している光景があり、剣を持ったゼノンもまたそこにいた。あまり離れるのは―――と思ったが、こんな緊急事態に"魔術師"二人が同じ場所にいるのは勿体ない。

 それに他でも何かが起こっているなら、私がどうにかしたい。私が、なんとか……出来る限りのことはしたい。
 ゼノンがはっとした顔をしたが、私が先に「向こう見てきます!」と声を張り上げた。シエナさん!という声が聞こえたが、それどころじゃない。

 案内をしてくれている神官を前に、私は追い掛ける。第二施設までは徒歩で行ける範囲にあった。
 賑やかとなった人々を感じながら、それを見る。


 神官の中でも水系の"能力持ち"が能力を発揮していた。あの爆音は一室からであろう。一つの部屋から見る炎が激しくのたうっているのが見えた。

 ――――炎。

 あまり良い思い出がない。しかし、私か初めて父に会った時、辺りには炎があった。
 嫌な汗を感じながら、民間人を遠ざける。





「一室のみなら、あまり広がらないはずです。この研究をしている建物は――――他の神官の建物の同じく特別な"術"を施していますから」





 そう。
 本来なら、そうだ。よっぽどじゃない限り全焼とはならないはずだった。むしろ「炎があがるだなんて……」と神官が漏らす通り、盗難避けや闇堕者などから守るため強い防御術がかけられているはずだ。

< 573 / 796 >

この作品をシェア

pagetop