とある神官の話
―――何故。
影から姿を見せたのは、茶髪の男だ。耳に特徴があることからリムエルだとわかる。
それより何故私の名前を?口ぶりだと私がここヴァン・フルーレにいてはならないような感じだ。
私の記憶には全くないその男は「あいつか」と漏らす。
「…アンゼルム・リシュターのしわざか」
「!?」
驚き戸惑う私を余所に、リムエルの男は私の背後に向かった何かを投げた。悲鳴。振り向けばさっき見た魔犬が倒れ、他にも姿を見せている。
倒さなくては。
だが、私のすぐ近くに男が無言のまま見据えている。―――逃げられるか?否。
男から感じる雰囲気は、熟練したものだ。私が隙をつくことが出来るとは思えないほど殺気立っている。しかもその殺気は枢機卿長の名が出た途端だった。
魔犬が地面を蹴る!
私も弾き返せるよう術を練ったが「なっ!?」体が引っ張られた。
「っあなた」
「舌を噛みたくなければ黙っていろ」
右手に握られた刃が凄まじい速さでふるわれる!左手で私の腰を抱いたままで、数秒で魔犬を片付けた。
何者だ…?
怪しすぎるこの男がまさか、襲撃者―――建物に侵入した人物ではないのか?
倒し終えると男は刃を拭い鞘に収める。だが、その手が震えていることに気がついた。呼吸が乱れ、肩が揺れる。病気、か?私が戸惑うのをよそに男は衣服から小さな容器を取り出す。容器には錠剤が入っているらしく、男はそれをかみ砕いた。
黙って見ていた私に男が「何故ヴァン・フルーレに来た」という。
「…貴方こそ何者なんです」
乱れた呼吸が段々収まってきたらしい。男は自嘲気味に「そうだな」と笑った。
こちらは生憎、人影がほとんどなかった。建物で起こった炎の方に人々は関心がむいているのだろう。私も戻らねばと思うが、この男を放っておく訳にもいかない。
危険なのはこの際同じだ。
「ヴィーザル・イェルガンだ。……二十年ほど前に死んだことになっている元神官だ」
「えっ…?」
死んだことになっているとは、どういうことだ?
疑問ばかりだ。
再び質問しようとした時、イェルガンが刃を抜いた。短剣をたたき落としたのだと気づいた私は、ああ、と思った。前にもこんな夜に会ったことがある――――あの人物。
燃えるような赤色の長髪。
――――ヤヒアだった。
「こんばんは。いい夜だね」
それは気軽に話しかけるように発した。何故こうも危険人物と遭遇するのか。
イェルガンが私に「下がってろ」と庇いながら前へ出る。ヤヒアはというと建物の階段の手すりに腰掛けていた。
「邪魔しないで欲しいんだけど?」
「何が邪魔だ――――化け物め」
「心外だなあ。むしろ感謝して欲しいくらいだ。素性が一つ解明されるんだから」
「…そのためにこの子を呼んだのか」
何がどうなっているのか。
しかし、本能的な部分が働いているとでもいうのか。危険だと胸がざわつく。酷く胸騒ぎのようなそれは、呼吸を乱し冷静さを削いでいく。
こちらに背を向けているイェルガンは殺気立つ。びりびりと漂うそれに私は足が動かない。
未だ手すりに座っているヤヒアは「僕はね」と残虐さを匂わせた笑みを浮かべた。
「楽しければそれでいいんだ。そして美しさもあればいい」
広げられた手の平に炎が灯る。それをヤヒアが目を細めて見つめた。
「長い間探っていた術式は見つけられればこちらは満足。で彼女はヴァン・フルーレでは有名人である彼の血縁者だと知られたら、聖女扱いになるかもよ?まあ、ならなくても有名人だ」