とある神官の話
「何の、話」
堪え切れずそう口に出した私に、ヤヒアが「君の話しだよ」と告げる。
私の、話?
ヴァン・フルーレで有名人といったら、浮かぶのは彼―――アレクシス・ラーヴィアである。しかし彼の血縁者だなんて……。彼の子供は行方不明のままだったはず。
ありえない。
私はそう小さく漏らす。
私の記憶には曖昧な部分がある。父と会う前の、あの母ともいえぬ女性くらいだ。何故あの場所で私は生活していたのか、私は覚えていない。
よぎった"それ"はありえない。だが―――。もし、そうだったら?
私の戸惑いを見え透くようにヤヒアは笑う。
「――――さあ、始めてみようか?」
「逃げろ!」
はっとしたイェルガンがそう叫ぶ。逃げろと言われて簡単に逃げられるはずがない。思考かこんがらがって、かつ今日はいろんなことがありすぎた。
ヤヒアが何かを持っている。本か巻物かよくわからないが、それが燐光を発する。それはするすると帯のように伸び、やがて「っ!?」まっすぐこちらへ向かう。何かが発動したとすぐにわかった。
防御しようと手を前に出すが、燐光の帯はするりとぬける。"魔術師"の防御をすり抜けるだなんてっ……!それはそのまま体に纏わり付く。
体のまわりを何周もし、やがて地面に集まっていく。
様々な色の淡い光を発しながら、足元に広がるのは、見たことがない文様。術式が発動された陣であるのはわかるが――――。
『―――ああ、これは』
それは、男性の声だった。
強い発光に目を細めると、光は何かの形に集まる。それは、段々と形作られ姿を見せる。
―――私は幽霊やお化けという、何というか説明出来ないそれらを半分くらいは信じている。
だが…今この目の前にいる、透けたそれは何だろう?
透明に近いそれは粒子が集まって出来ているのか何なのか、きらきらしている。間違いなくヒトの姿だ。短い黒髪の、しかも目を引いたのは神官服である。
「へえ。本当だったんだ――――君がアレクシス・ラーヴィアの血縁者だって」
「アレ、クシスの…?ど、ういう」
愉快そうな声の背後で、「シエナさん!」という声がした。
先程別れたゼノンと、並走しているランジットが「ヤヒア!?」という驚きの声をあげた。そして浮遊する"これ"にも驚く。私だってそうだ。
ゼノン達が近寄るのを阻むのはヤヒアで「邪魔」と無慈悲な声が辺りに炎を散らす。火の粉が飛ぶ中、今度はイェルガンが動いた。
イェルガンは手すり付近にいるヤヒアに切り掛かった。ぶつかる音、怒声、そして「シエナさん!」というあのストーカー予備軍の声で冷静になってくる。
動け、自分!
『セラの術式か…―――見つけて守ってくれていたんですね』
「あ、のえっと」
しゃべった。
冷静さが再び吹っ飛ぶ。しかもこの人(ヒトといっていいのかわからないが)、今"セラ"と言った。しかし私にはこの人とは全く面識はない――――はずなのに。
どうしてこんなに、安心するのか。
『よく聞いて――――君にはちょっと特殊な術式が封じられていれているんです。君がその解放を望まない限り発動することも、取り出すことも出来ないようにしています。なのでその術式が貴方に害を及ぼすことはないので安心して下さい。私に限らず、あのセラヴォルグも重ねて守りの術をかけていますし、奴らには扱えない』
―――待って。
粒子が荒くなり、消えそうになるそれに私は手を伸ばそうとして、それがぐっと背後から引っ張られる。
「シエナさん!危険です!離れて下さい」