とある神官の話
―――私は昔、人を殺している。
セラヴォルグと出会う前、私を殺そうとした女性を、私は殺した。父にそのことを話したら、父は「自分を守っただけだろう」と私を抱きしめた。
不思議な力がまだ"能力持ち"故だと私は知らず、ああ化け物だからあんな力を使えたのだと思っていた。あの女性は、私の母ではない。なら私の本当の母や父はどうしたのだろう。私は覚えていない。一番古い記憶は父と出会う少し前の、女性が私を殺そうとするあれだけだった。
誰が私に"シエナ"と名付けた?
父はそれに加えるように"シュエルリエナ"という名前をくれた。秘密の名前。
私は、誰?
「シエナ」
呼ばれて顔を上げる。
既に夜から朝になっていた。
あれから建物に戻ったが落ち着く訳がない。イェルガンのことや、その他のことで許容範囲を軽く超えてしまったのだ。もう疲れた、としか言えない。
――――あの後、建物に戻ってからこんがらがる頭を整理するように話し合いが持たれた。あの幽霊(というのかわからないが)が何者なのか、ヤヒアの言った言葉は何なのか……。アーレンスも自分の判断では難しいと、一度ハイネンに連絡をとった上での話しだった。
そんな重苦しい話が終わった後も私は建物に残っている。ゼノンたちは"後始末"のためそちらを手伝っている。
アレクシス・ラーヴィアという男は、研究していた中で術式を発見した。だが"腐敗した連中"がそれを狙い、彼の命も危うくなった。
それを、彼は友人であったセラヴォルグに伝えたが―――彼は死亡してしまう。
「私もあまり詳しいことは知らなかった。いや…これは言い訳かもしれないな」
「そんなことは…」
アーレンスが向かいに座り、ふっと息を吐く。彼もまた疲れているのだろう。
アレクシスが死亡した後、何故か子供が行方不明となる。暫く捜索されていたが結局見つからずにいたのだ。
そうなると彼が発見した、危険な術式の行方はどうなったのか――――。
彼は、その危険な"術式"や神官らの闇を知り、死ぬことを覚悟していた。
誰を信じるべきか。
どうしたら一番安全なのか。彼は悩んだ。
そして彼が選んだのは―――己の子供にそれを託すことだった。何重にも防御、守りの術と暗号化をしたそれを、闇に身を堕とした連中が探ろうとし動いた。しかし子供は行方不明となり、それっきり。
その後様々な出来事がある中で、父はそれでも探っていたらしい。ずっと、長い間。
そして、私を拾った。
「父は、私がアークの血縁者だと、危険な術式を封じられてると見抜いたから私を」
「それは違う」
聞けばアークと父、そしてアガレス・リッヒィンデルは友人だったという。友人の行方不明となっていた子供…"アークの術式"を引き継いでいる血縁者を見つけたなら、助けるれという選択を父なら迷わずするだろう。
私がアークの血縁者だと見抜いたから、娘にしたのではないか。そんな思いが私に浮かんで、それをアーレンスは即座に否定した。
「あいつはそんな男じゃない。それにハイネンの話しだと気づいたのはかなり後ではないかと言っていた。あいつなら…必ず助けた。誰であろうと」
「……私は、もうわかりません」
アークが残した、かつて彼が研究していたものの一つをヤヒアは発動させた。それによってあの幽霊―――"私"に封じられていた守りの術の一種が綻んだ。ヤヒアが発動させた術式に連動するように、"あれ"が姿を見せた。
ヤヒアは、"本当に"アレクシス・ラーヴィアの血縁者だったのかと言った。つまりそれは、前からそうではないかと思っていた、ということだ。
私が彼の血縁者で、彼が守りたかった"術式"が私に封じられているなら、私はこれからどうしたらいいだろう。
ただでさえ私は、"あの"セラヴォルグの娘だと知られて有名になってしまっていた。これ以上―――目立ちたくない。私を知られたくない。
聖都に送られることになったヴィーザル・イェルガンは、<隻腕の剣士>などと呼ばれるほどの人物だと先程聞いたばかりだ。そして、あのアガレスの事件で死亡とされていたことも、だ。
彼の話だと、やはりあのヒーセル枢機卿も良からぬことを考える一人であるが、それらの黒幕がまだ聖都にいるという。
その黒幕が誰なのか、大体は上がっているものの、私はまだ信じられない。
「シエナ」
隣に座り直したアーレンスが「いいか」という。
「お前はセラの娘だ。それ以外の何者でもない。あんなセンスのズレた、天然ボケなのか何なのかわからない男の娘だ」
「…変な褒め言葉」