とある神官の話
私のほうこそどうにかしてくれ、といいたくなる。
「…何でもない。手伝いは終わったのか?」
「ああ。これで聖都に戻れるぜ」
「そうか」
荷物をまとめるか、と思った頃「あ」とランジットが漏らす。
「もしかして、エーヴァルトか」
……。
ぎろりと睨んでやれば、ランジットが図星かよと苦笑。腹立たしいので足を踏んでやる。
ああそうだ、と諦めて言ってしまう。そう、私の"これ"はあのレオドーラ・エーヴァルトのせいだ。子供じみているが、仕方ない。
しかし、それよりもランジットが言った言葉のほうがひっかかる。口ぶりだとレオドーラに会ったような言い方だ。
口を閉じた私に「というか」とランジットがこちらを見る「いいのか?」
「何が」
「彼女を見送らなくて」
「見送らなくてって―――」
「俺らは聖都に戻るが、彼女はバルニエルに行くって」
聞いてないのか?
そう言われ、首をふる。どうやら私とシエナが話している間のことらしい。
様々なことが、彼女のまわりで起こりすぎた。
ロッシュ高位神官、そしてハイネンらの動きによって彼女は―――後見人であるロッシュ高位神官の傍にいられるようにしたそうだ。聖都にいれば"外野"が喧しいだろう。
彼女は既にレオドーラとともに荷物をまとめ、建物を出たらしい。かなり、急だった。聞けば彼女自身も急な話しだったという。
行かないのか?と再び聞いたランジットに、私は足を止めた。
勿論―――行きたい。
会って、傷つけたことを謝りたい。貴方が大切だから、危険なことをして欲しくなかったのだ。それだけが急いた。あんな風にいうつもりは、なかった。
貴方は、傷ついてきた。多くの傷を負ってきた。それをジャナヤの件で掘り起こすような結果になって、また貴方は傷ついた。私はあんな顔を見たくなかった。孤児院の子供たちと笑い会う、あの笑顔を見たかった。くだらないことで笑って、話したい。
私は、貴方が―――。
「難しいですね。誰かを大切に思うのは」
僅かに驚いた顔をしたランジットに「今の私では行けません」と返す。
傷つけたことを謝るのは今すぐではいけない。彼女も、私も。いや―――そうじゃない。本音を言えば、私は怖い。いつだって。
「重症だなお前。あのエーヴァルトに何か言われたのか」
「いや……そうじゃない。私が悪いんだ」
「何だよそれ。何か、傷つくようなことでも言ったのか?」
この馬鹿男め。
ぐさりと刺さったような痛みを覚える。ランジットとはいうと「なら尚更何で行かないんだよ」と言われる。
簡単に行けたら苦労しない。行きたいというのと、行くのを躊躇う気持ち。
押して、押して。漸く進展したともいえる今の関係。私は彼女の過去も、何も気にしない。しかし私がそうだとしても、彼女の傷は深い。
小さく溜息を漏らした。
そんな私やランジットの前に、赤紙。前髪を適当にピンで止めたエリオンが「死にそうな顔してますね」といってのけた。