とある神官の話
8 交錯せし問題の向かう先


 髪の毛を、短く切ってしまった。
 
 鏡の前にいるのは、なんだか冴えない顔の私。邪魔になったからとバルニエルに来てから切ったのだが、なんとなく見慣れない。それもそうだ。肩よりも少し長い状態が、肩に、かかるかからないぐらいの、長さになったのだ。見慣れないのも頷ける。
 指先で髪の毛を少し撫でてみる。
 これを見たアーレンスが僅かに驚いた顔をしていたが、「似合っている」と頭を撫でた。

 バルニエルに来たのはいいが、私の位置は何とも微妙なものだ。ヴァン・フルーレの件であのリシュター枢機卿長は謹慎を命じられている。あの、アレクシス・ラーヴィアの術式を、持ち出したのだ。
 ――――アレクシス、か。
 溜め息。
 あの幽霊がアレクシス・ラーヴィアで、私が彼の血縁者だなんていう事実を私は裁ききれないでいる。

 鈍い痛み。
 そんな痛みがずっとまとわりつく。





「死んだような顔してんぞ、お前」

「……なんの用?」




 現在、私はロッシュ家にいた。ありがたいことにまだ私の部屋はそっくりそのま残っていて、不便さは全くなかった。不便、そんなことあるはずがないのだが。
 レオドーラは「重傷だなお前」と苦笑する。
 上がってく?と聞けば「おう」と頷き、慣れた様子で進んでいく。昔、私がここバルニエルに居たとき、彼もこうして一緒にいたな、だなんて思い出す。
 ソファーに腰掛けると「聞いたか?」とレオドーラが口を開く。





「聞いたって、何を?」

「ラッセル・ファムラン、アゼル・クロフォードらが行方不明になってるって」

「えっ!?どういうこと!?」

「お、落ち着けよ」




 ソファーに近寄った私にそうレオドーラがいい、しぶしぶ隣に座る。
 ラッセルはノーリッシュブルグをでてから行方不明となり、アゼル・クロフォードもにたような状況らしい。レオドーラは今日、アーレンスから聞いたのだという。

 ヴァン・フルーレのことから、アーレンスらも忙しいらしい。本格的に―――――ハイネンらしくいえば"戦争"(わかるようなわからないような…)だそうで、アーレンスだけではなくノーリッシュブルグのフォンエルズ枢機卿やブランシェ枢機卿もそれぞれ動いているのだ。

 何があったのだろう。

 私の問いにはレオドーラも首をふった。





「何がどうなってるのか……」

「さあな。ただなんつうか、嫌な感じだっていうのはわかる」




 腕組みをし、「何がなんだかわかんねえ」と呟く。私だって何が何だかさっぱりだ。




「ラッセルさんと先輩なら…でも心配だな」

「大丈夫だろ。ラッセルはともあれ、アゼル・クロフォードは、さ」

「意味深。言いつけるぞ」

「それは勘弁」




 あの先輩はなんというか、"激しい"部分がある。前に何をいったのかレオドーラがこてんぱんにされていたのを思い出す。

 話は戻るが、聖都ではそんな行方不明の件とあのリシュター枢機卿長の謹慎のこともあって派閥同士でぴりぴりしている。そしてリシュター枢機卿長の謹慎を解こうと動いている連中もいるのだそうだ。
 謹慎が解けたらまた彼は自由に動ける。
 その前に何か掴みたい。だがそれが難しい。
 この、何ともいえないもどかしさ。私が焦った所でどうもならない。

 俺は戻るわ、と玄関へと歩き始めたレオドーラに「あのさ」と声をかける。
 実はいうと、ヴァン・フルーレでレオドーラに慰めて貰った(我ながらかなり恥ずかしい)ことに対して私は何もいってないのだ。彼もまた何も言わず、こうしてバルニエルに戻ってきたっきり。私的には言わないでひっそり胸にしまうか埋めるか、いやむしろ綺麗さっぱり忘れてしまってほしいのだが無理な話だ。

 靴を履いている背中から「なんだ?」という軽い声が返ってくる。





「ヴァン・フルーレで、その、あれは」

「なんだ、今さら恥ずかしがってるのかよ」





 にたり。振り返ったレオドーラにかなりいたたまれない。
 視線をさ迷わせた私に「まあ」と笑う。伸ばされた手は頭を強引になで回すので私の体もゆれる。




「気にすんなよ」




 じゃあまたな、と扉の奥に消えたレオドーラに、私はそんな馬鹿なと思った。

 前々から、レオドーラは無駄に美形かつ女顔だとわかってたのだが。ああやって笑われると、なんというか、迫力があった。迫力という言葉よりも、破壊力といった方が良さそうだった。

 あんな風に笑ってっけ?
 あんなに、男らしかったか?

 ――――そんな馬鹿な。

 どきどきとする胸に「そんな馬鹿な」と繰り返した。




  * * *


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