とある神官の話
机に山となっていた書類を、片付ける。去年からなにかとばたばたしていたが、それよりも前はこんな感じだったはずなのだ。
先ほどからランジットの顔が凄まじいことになっている。奴の場合、書類をどうこうするよりも動いていたほうがいいのだろう。
「ランジット、少し出てくる」
「別にいいが、どこ行くんだ?」
「ちょっとな」
早く戻れよ、だなんていう言葉を背後で聞きながら部屋をでる。
宮殿内は平和、に見えてやや雰囲気が悪い。最近はあのヒーセル枢機卿も妙におとなしいという。それがひっかかる。嵐の前の静けさ、なのだろうか。
神官になりたてらしき姿が見え、僅かにこちらを見て何かを話していた。
最近は聖都にいないこともあるため、声をかけられることも減った。女性らに一度捕まるとなかなか抜け出せないから厄介なのだ。どうせ呼び止められるならシエナがいいし、昼食などの誘いだって彼女だったら断る理由がない。ああ、シエナ。
宮殿の奥、予め側近に話を通してくれていたらしい。すんなり通して貰った先は、普段執務をしている部屋だ。
少し待て、といわれ部屋にあるソファに腰かける。
その手元に視線を落とす顔を見る。老いたな、と思った。
私を引き取って、忙しい合間に私にしつこいくらい構って。こうして今の私がいるのは父のお陰なのだ。感謝している。口に出してなかなか言えないが、私はこの人に拾われて良かったと思う。
ペンを置き「ああ疲れた」などと言いながら背伸びをする姿はフィストラ聖国のトップには見えない。
「ちゃんと寝てるんですか」
「一応な。お前こそ死にそうな顔しているように見えるが」
どんな顔だ。
「あっという間だよな」
「何がです」
「成長するのが、だよ」
コキコキ鳴らしながら、「お前のことだよ」と笑う。
成長しなければ駄目だろ、と思いながら耳を傾ける。
「ついこの前までひねくれて残念な感じだったのにな。でも去年だったか…その辺りからお前が女の尻を追っかけてるらしいって聞いたときには紅茶を吹きそうになったもんだ」
失礼な。
何と言うか、どういったらいいかわからないそれに、自分自身が制御不能になるだなんて前代未聞だった。そんな馬鹿な。色恋など、と思っていた私が?まさか。信じられないと思ったが、信じるしかなかった。
実はいうと、女性と付き合ったことがないわけではない。
ただ、当時はわからなかった。
恋。笑ってしまうくらい、私は馬鹿になってしまう。自分でも両手を上げて降参したくなるくらいに。
教皇エドゥアール二世、もといフォルネウスは口許を緩ませる。
「しっかしお前、ストーカー予備軍だなんて呼ばれたらしいじゃないか」
「……何で」
「情報網を侮るなよ」
まあ、知られてまずいことはない。多少は恥ずかしさがあるが、ただそれだけだ。
犯罪者になるなよ、だなんて言われ「なりません」と返す。なるわけがない。シエナだって流石にそこまではしない、はずだ。
―――久しぶりの、親子の会話、という感じだった。
聖都に戻ってきてからシエナのことがずっと気になって、何だか落ち着かないのだ。何故あんな言い方をしたのか。彼のときの私をシメてやりたい。そして他にもある。あのアンゼルム・リシュターが謹慎となり、宮殿内は居心地は悪い。
嫌なことばかりだ。
父もまた様々な問題に頭を痛めているらしい。溜め息しか出ないと漏らす「それで、だ」
「ここらは真面目な話だ――――ヴァン・フルーレの件…その他ジャナヤのこともお前は全部知っている。それでもシエナ・フィンデルがいいというのか」