とある神官の話
好きだから。
人を変えてしまうほどのそれは、きっと痛みを伴う。想われるほうも痛いなら、想う人のほうがもっと痛いはず。
痛みはときに、甘さを生む。
泣きたくなるくらいのあたたかさと、安心を、むずがゆさをもたらす。
それを私は、長引かせているのだ。
嫌いとはっきりいわず、好きとも言わない。それは想う方にとって、そんな態度をとっている相手を狡いと思うのではないか。もし、私がそんな立場ならそう思う。はっきり撥ね付けられるなら、それだけの痛みで良い。けれど、曖昧なら苦しむだろう。
ランジットに言われなくても、私は知っていた。わかっていた。
彼が、"本気"なのだと。
「――――ストーカー予備軍のくせに」
神出鬼没に私の前に姿を見せるようになってから、今に至るまでいろんなことがあった。たくさん助けられた。ストーカー予備軍呼ばわりしても彼は気にしなかったし、めげなかった。いつしかそれに慣れてしまっていた。
それが、"普通"のようで。
ひどく心地よくてたまらなかった。
父はいう。シエナ。シュエルリエナ。私の娘。愛しい愛しい大切な娘よ、いいか。君は確かに力を持っていたから起きてしまった過去がある。君は君自身を消し去りたい、生まれなければという。けれど私は、私だけでも君を消し去ってなんかやらない。君の誕生を望もう。何度だって。当たり前だよ、シエナ。君は私の娘なのだから。
あの人だって、辛いことがあったはずだ。アレクシスのことや、アガレス・リッヒィンデルのこと――――。
私は、どうしたらいい?
父は私を助けて死んだ。私のせいで。でも父はシエナのせいではないと微笑む。
縛り付ける過去。
なんともどかしく、苦しいのか。
「ゼノンさん」
最初はからかいだと思った。
見習時代の時のように、何処からか嗅ぎ付けてきた餓えた魔物のように、群がってくる人と同じだと。シエナ・フィンデル。フィンデル?もしかして"あの"?―――ああいった人たちと同じだと思っていた。親しげな顔をして、何をいっているかわからない。
けれど。
私はいつも受けとめなかった。適当にかわしていた。彼はしつこかった。いつだってひょっこり私の目の前に表れるから、彼のファンクラブの連中に目をつけられた。好きで付きまとわれているんじゃないといってやりたかった。
彼の何がいいのだろう。
私は不思議だった。顔。確かに綺麗な顔をしていた。美形。それでいて実力があり強い。女子が騒ぐのも無理はないと思ったが、それだけ
本当にそれだけだったのに。
彼は、いつのまにか食い込んできていた。ブエナのもとにも顔を出したり、私を助けたりして。
馬鹿だ。
この人は、馬鹿だ。
「怖いんですよ」
そんなにして、いつか私が本当に危なくなったら―――――。
貴方が、自分を命を盾にしてしまいそうで、私は怖い。
いつかの父のように、なってしまいそうで怖い。傷ついてしまうのが怖い。
ゼノンだけじゃない。
先輩たちもそう。
私は、怖い。
「誰かが、貴方が――――死んでしまうのではと怖いんです」
* * *