とある神官の話




 さほど建物は広くない。私にあてられた部屋にはベッドやクローゼットなどがある。クローゼットの中身はだいぶ落ち着いていた。前なら、着るのを躊躇する柄や色の服ばかりだったが今はそうでもない。どうやら私の必死な願いは届いたようで、服屋にいけば「女の子むけの服を!」というまでになったらしい。最初のころはどういう風に選んでいるんだと、頭を抱えるほどだったのにな、と思い出して笑いそうになる。

 私は運動に適した服で、髪の毛を縛っていた。





「いたい……」





 父は私に護身術のようなものを教える。私が能力持ちであるため、そのコントロールの仕方も父は教えた。
 投げ飛ばされ、転がった私はそのまま起き上がれなかった。シエナ、とすぐ近くで声がして「ああ、これは痛い」と他人事のように父はいう。痛いのは私だ、と泣くのを我慢している私に「治してごらん」と無茶をいう。





「出来ないよ」

「出来るよ。そのくらいの傷なら、"魔術師"の能力持ちなら――――」





 死んだ命は戻せない。怪我を治すのにも限界はある―――――能力持ちでも万能などと言われる"魔術師"でも難しいこと、不可能なことはある。
 私は結局、自分の傷を上手く治せず、父が綺麗さっぱり消して見せた。
 そして私を抱えて「今日はこのくらいにしよう」という。





「……重くなったな」

「お、おろして」

「いいことさ。成長している証となる」





 そういう問題ではない。
 一応私だって"女の子"なのだ。ふくれた私に笑う父がちょっと憎たらしく思えた。
 父は何でも知っていた。何でも出来た。いや、何でもというには少し語弊があるかも知れないが…とにかく、私からみれば何でもできる、すごい人だった。
 深緑の髪がゆれるのを見る。





「いつか…君を抱えて歩けなくなるんだろうな」




 気軽に抱えていられる歳は限られる。私だって大人になるんだから。





「それで反抗期とやらがきて私は悩み、父さんなんか嫌い!とか言われてしまったりして」
 
「じゃあ約束する?」

「ん?」

「私は絶対、父さんを嫌わない」





 喧嘩したとしても。
 父は微笑んだ。それはうれしいなと。キライになるはずかなかった。私を救ってくれた人だから。私を愛してくれる人だから。私を怒ってくれる人だから。
 父はそう、過保護だった。
 一度出掛ければ、洋服や御菓子などなど買ってくる。絵本だってそう。私が読書好きだといったら、大量に買ってくるし。




「シエナ」




 貴方がそう呼んでくれるたび、私は私なんだと実感した。
 私を救って、強引に娘にした父。
 彼はヴァンパイアで、私とは違う。違うというのは難しい。いつか見た目が逆転するだろう。別れもあるだろう。父はいう。それでも私は構わなかった。父もまた、そういったことを覚悟して私を娘とした。

 大好きだった。
 ううん、大好きだ。

 ずっと。
 これからも。





   * * *



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