とある神官の話
なんというのだろう。
独特な雰囲気、というのだろうか。消毒の匂いのような、それでいてちらつく死。病院ではないにしろ、医務室でもそれはかわらなかった。
どちらにせよ、好きではない。
「起きて平気なのか?」
ベッドにはあのロッシュ兄弟がいる。クロイツは眠っていて、起きて何やら資料を捲っているのはファーラントであった。仕事熱心、らしい。
レオドーラか、と資料から顔あげたファーラントをみて父親にそっくりだと思った。
「ああ。ただでさえ人手不足だろう。書類ならばここでも出来るからな」
「クロイツは寝てるぞー?」
「……まあ、な。だがあいつもたまにやっている」
だからか。
この兄弟の父アーレンス・ロッシュから書類を持っていけと言われたのだ。怪我してるのによ、と思いながらきたのだが、この兄弟…タフらしい。
俺なら黙って寝てるけどなあ。などと思うがたぶん上司が書類を持ってくるだろうことが想像できて沈黙。
大変だな、といったらファーラントは苦笑。それはお前もだろうという言葉が返ってきた。
その言葉がやけに、ひっかかった。
「お前、シエナが聖都に行ったあと落ち込んでいなかったか」
「……どうして俺が落ちこまなきゃないんだよ」
「ふられたか?」
「なっ!?」
……あ。
俺、超馬鹿だ。
にやつくファーラントに今、物凄く腹立つ。くっそー腹立つなこのやろう。
というか、だ「フラれてねえよ」といってやる。そうだ、フラれてねえよ。そもそも告白もしてねえし。あーあーあー、わかってる。俺は馬鹿やろうだってことくらい。
「ということは、だ。俺の読みはあっているのだな――――それで?」
―――言わないと"緑化"するぞ。
ファーラントの目がそういっていた。
俺は頭を抱えたくなった。つまり、わかってほしい、伝わってほしい奴にはわからずにいたのに、他にはばれていたということか。あの馬鹿には伝わらずに。肝心な奴に伝わらないで厄介な人に知られていただなんて。
ため息をついた。
近くにあった椅子を引き寄せ、座る。アーレンス・ロッシュを目の前にするよりはましだが、居心地は悪い。
「何もねえよ。ただ、俺らしくないこと言ったたなーって落ち込んだだけだ」
いつから、だったか。
この兄弟とも付き合いは長いが、またシエナともそれなりに長い付き合いだった。知り合い。友人。腐れ縁。まあまあな位置にいることに、俺はちょっとばかし頑張ろうかだなんて思って、空回りしてた。
いつから――――気になるようになったかだなんて、俺だってわからねえ。
気がついたら、この馬鹿の傍にいてやりたいなあ、だなんて思う自分がいた。だからこのまあまあな位置がチャンスでもあったし、また遠くもあった。
関係を変えることが、怖くて。
このままじゃな、と思っていたころ、ゼノン・エルドレイスに会った。
なあ、いつから親しいんだよ。だなんてまさか聞けるはずもなく。俺まじでへたれ気味だなーとか。
すぐにわかった。
あの男は、俺と同じなんだと。
ただ違うのは、付き合いの長さだとかそういうので。でも、違うこともあった。あいつは最初から、アピールしてた。好きだと猛烈に。ストーカー予備軍だなんて言われながらも、ずっとだ。