とある神官の話
―――重い。
身体中が重く、鋭い痛みがある。血を流しすぎたらしく、ふらつく。
ここは、どのあたりだ…?
男は痛む体を引きずりながら、ひたすら遠くへと歩いていた。無防備に見えるが、男の回りには防御術が揺らめいていた。
森。あたりは木々ばかりである。人が多いところは、男は顔を出すことはできない。幸いなことに傷ならば黙っておとなしくしていれば治ってしまうのだが―――"あれ"はそうもいかない。男は"あれ"が出てこないことを願う。
――――長い間、どうやって殺してやろうかと考えていた。
いち早く勘づいた友は、ずっと疑っていた。闇を、影を。私は最初信じられなかった。あの神官が、枢機卿が、フィストラ聖国の者が?まさか。彼もまた半信半疑だったのだろうが、後に深く深く探るようになった。
そして。
男は知ってしまった。
男―――アガレス・リッヒィンデルは荒い息の中、自分が追われる身となってでも行ったあのことを思い出していた。今から約二十年くらい前のことだ。長命であるヴァンパイアならば、さほど気にならないのかもしれない。だが、アガレスにとっては苦しい日々であった。
関わったとされる者たちを、殺す。
そしてそういった"組織"状態を密かに維持していたものたちを、ことごとく殺害した。殺害した、はずだった。
―――はやまるなよ、アガレス。
友はそういった。彼女が何故死んだのか、本当の理由を知ったアガレスに、セラヴォルグがそう釘をさすようにいった。殺してやりたいのはわかる。だが、はやまるな。
わかっていた。
闇堕者と同じで、ヒトは必ず闇の部分をもつ。いたちごっこなのだ。
しかし、赦せなかった。
赦せなかったのだ。
『好きよ、アガレス』
彼女の体は細かった。痩せていて、顔色も良くない。大人しくしていればいいのに、彼女はあれこれ動き回る。頼むから、大人しくしてくれ。そう何度言っただろう。
『ねえ、お願いだから自分を大切にして』
生きてほしいと、願った。
愛していた。
――――アルエ。
自分よりも、早く眠りにつくてあろう。だから、考えた。私を遺して去る彼女のために、何をしてやれるのか。希望は叶えてやりたかった。
一緒にノーリッシュブルグの演劇を見に行きたかった。自然豊かなバルニエルに住もうかだなんていうことも話した。しかし、叶わなかった。彼女は、死んだ。
アルエ。
アガレスは唇をわずかに動かして、その名前を呼んだ。
自分より、お前が大切だったんだ。
歩いて、どのくらいになっただろう。
アガレスは痛みと疲労から、やむなく木の傍に腰をおろした。それはおろしたというよりも、落ちた、といった方がいい。痛みでうめき声とともに息を吐く。吸う。なんとか生きていた。
自分の目的外達成できるなら何でもよい、という状態が、あの悪魔を呼び寄せた。最初はただの闇堕者として、同類だとくっついていたのだろう―――ヤヒアは確かに駒でもあった。利用出来るものは利用する。必要ならば悪魔であろうと魂も差し出そう。
従順なふりをして、中身は悪魔。
わかってはいた。わかってはいたが……。