とある神官の話
あの日。
私はあいつを、生きる災厄を殺し損ねた。一番殺すべき者を私は殺せなかった。しくじった。あのときあろうことか、奴は微笑みを浮かべていた。慈愛を含んだような顔をして、嘲笑っていた。馬鹿な。私は血にまみれたまま、退いた。殺す前に殺されたら意味がないと退くしかなかった。
奴は私に、何か術式を喰らわせたのだが、私にはそれを解くことは出来ない。呪い。呪いだと?
殺してやる。
終わらせてやる。
命を弄ぶ、生きる災厄。何が<神託せし者>だ。神にでもなるつもりか。笑わせるな。
――――面白いよね、本当。
――――馬鹿みたいに、さ。
嘲笑う赤色の悪魔は、ジャナヤ近くで笑っていた。
あの子を破壊して、奪うのか。
また繰り返すのか。
―――応戦したのはよかったが、とアガレスは痛みに表情を歪ませた。あいつは、死んだと思ってくれだろうか。目的は赤色ではない。生きる災厄である。死ぬわけにはいかぬ。故に、死んだように見せかけた。
しばらくは幽鬼やら何やらが己を探しに彷徨くことを、アガレスは知っている。
不意をつかれたら、不味い。
だからこそ防御術を展開させていたのだが、とアガレスは意識を保たせるのに必死だ。
ヤヒアからの撤退、闇堕者、幽鬼、魔物。休む暇がない。
「よほど、死にたくないらしいな……」
平然と他者から命を奪うくせに。
木に背中を預けたまま、"それ"が姿を見せるのを待つ。気配からすると、幽鬼だろう。憐れな亡者。みすみすと殺られるつもりはない。
荒い呼吸のまま、簡易的に剣を産み出す。"魔術師"の能力持ちというのは、本当に便利だった。何度この力に救われただろうか。
冷風が拭いた。
闇を纏うように姿を見せた幽鬼に、思わず笑みが零れる。その程度で殺られてなるものか。
消し去ってやる―――――。
その時だった。
ナイフが投擲され、幽鬼がふわりと避けた。投擲された方向からは勢いついて人影が飛び出す。金色。こんな場所に人影があるのはかなり不自然だ。
金色は急停止し、「くたばれ」と暴言を吐く。幽鬼に立ち向かう姿から、只者ではない。やけに戦闘慣れしていて、何処からともなく武器を取り出している。"能力持ち"だろうか。
幽鬼は悲鳴を挙げた。
断末魔のような悲鳴は、引きずり込まれそうな錯覚を起こす。
しかし、金色は気にもせず浄化と祈りが込められた刃で幽鬼を――――切り裂いた。