とある神官の話
現在もヴィーザル・イェルガンの治療は続いていた。治癒の能力持ちであるレスティが常にそばにいることになっている。
レスティ自身、上の連中の考えなんてまるっきりわからない。
しかし、フォンエルズ枢機卿の命ならば守らなければと奮起する。
「レスティ、飯持ってきたぞー」
部屋に入ってきたのは、レスティと瓜二つの顔の男。ムブラスキ兄弟は双子であるから瓜二つなのはあたりまえだが、性格や話し方は似ていない。
緊張感のない声にレスティはちらりと時計を見て昼か、と納得する。
全く似合わない手提げかごをやや乱暴に机に置くと「どうだ?様子は」と聞いてくる。
「落ち着いているから、近いうち目を覚ますと思う」
「そっか」
一時期危険なときもあったのだが、なんとか持ちこたえた。
今は落ち着いていて、目を覚ますのを待つばかり。
おしぼりで手を綺麗にしたあと、豪快にかぶりついている兄を見てレスティは思わず苦笑した。よくまあ、元気なものだ。
ここ最近、いや、今年に入ってからというものの急に事件が増えた。しかもどいつもこいつも厄介なものばかりだ。
しかも、だ。
現在、あのアンゼルム・リシュター枢機卿長が行方知れず。謹慎中に姿を消しただなんて、ありえない。聖都からどうやって姿を消したというのか。
ありえない。
誰もがそう思っただろう。
ムブラスキ兄弟だって、フォンエルズ枢機卿からある程度教えてもらっていなかったら、"ありえない"と愕然としていたかもしれない。もっとも、"事情"を知ったときにはかなり驚いたのだが。
それから――――ジャナヤ。
あの地は昔封じられていたのが、再び開かれた。ハイネン達が動き、それによって今後は神官らが駐在し管理することになっていたはずだった。
そんなジャナヤと連絡がとれなくなっている。
もう訳がわからない。
レスティは溜め息をつく。
「何だよ、溜め息ついて」
「いや……フォンエルズ枢機卿はどうしてるかなと」
「あの人のことだから、また毒舌発揮してるだろ」
アンゼルム・リシュターとジャナヤのことがあったため、フォンエルズ枢機卿は現在聖都にいる。会議に出席するためだ。
只でさえヴィーザルのことであれこれあったのに、そんななかでさらに問題が起こったとなるとフォンエルズ枢機卿もいつもの毒舌大魔王さはなく、真面目な顔で思案していた。
何かしら考えがあったのだろう。
連絡を受けてから、急いで転移術で聖都に向かったのだが……。