とある神官の話


 それは私が昔感じたような、見たことがあるような"それ"。
 実に生々しくて、ぞっとしたのだ。
 まるで、そう。
 ――――目の前で起こったように。

 そう話すと、ブランシェ枢機卿とランジットが無言。







「あの、もう一度見せて貰えませんか」

「だが」






 渋ったのはブランシェ枢機卿だったが、ランジットが無理をするなよといって、先ほどと同じファイルを差し出してくる。私はそれを受けとると、一瞬迷って……開いた。ファイルは闇堕者のもので、とくに人体を使った実験のものである。

 人体を使う。
 それだけで、ある程度の想像はつくだろう。
 皮肉なことに、そこにあるのはまだ"マシ"といえるようなものだ。私はこれ以上のを知っている。
 しかし、だ。
 先ほどとは違って、ただ見ているだけ。なにも変化はなかった。






「何だったんでしょう……?」

「ま、まあ平気なら平気でいいとして。何でこんなの持ち出してるんだよ」

「先遣隊がジャナヤに向かっただろう?」






 ブランシェ枢機卿は息をはく。
 自分の椅子から立ち上がり、長椅子のあるこちら側へ回ってくる。
 向かい側に座ると、ブランシェ枢機卿は軽くこめかみを揉むようなしぐさをみせた。

  闇堕者のなかでも更に異常者は、例えばヤヒアであったり、あのリリエフであったりする。様々だ。ただの殺人鬼ならば分かりやすい。だが厄介なのは、頭のいい者……正常であり、異常でもある。そんな者は何をするかわからない。






「正常なところがなければ、すぐ捕まるだろう。正常な部分で捕まらぬように考えながら行動を起こす」






 ―――――ヤヒア。
 例をあげるなら、彼だろう。正常者にでもなることができる。
 慈愛の顔で、殺して見せる。
 殺したあとで、普通に生活する。

 ランジットがあの、ジャナヤで見たハインツ、もといウェンドロウのことを思い出したのか、「人をなんだと思ってやがる」と吐き捨てるようにいった。それに枢機卿も頷く。
 
 ジャナヤへと向かった先遣隊次第では、私やランジットがさらに向かうことになるだろう。
 そのため、ブランシェ枢機卿は少しでも情報を知識としていれとおくべきだと考えた。


 こちらには、"私"がいる。
 それはお荷物でしかない。
 

 私は、考える。
 もし、もし―――――私が。







「成る程な。それでわざわざ見てたってことか」






 考え事が飛散。
 ランジットの手にはファイル。はらりはらりとページが捲られる。
 一つの事件に限らずに持ってきたため、結構な量になったとか。

 確かに"何か"が見つかるかも知れない。
 
 ジャナヤで"人体実験"されていたのだ。ウェンドロウを筆頭にしていたとはいえ、他にも多数関わりのあるものがいたはずだ。それこそ可能性として―――アンゼルム・リシュターとか。



「私らは持ち帰られた情報しだいでは、掃討戦に駆り出されるからな」



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