とある神官の話



 そう。
 会議でそう決まってしまったことを私は思い出す。
 ハイネンらと行って、ルゼウスが死に、アガレスと対峙したあの場所。出来るなら近寄りたくない場所だった。

 どれだけの人が死んだのか。

 ルゼウスが託した子供たち以上に、多く犠牲となっただろう。






「よし、俺も目を通すか」

「私も」

「無理はするなよ?」

「大丈夫ですよ」







 ――――とはいったが。

 見れば見ますほど、苦しくなった。助けてと願っただろう。わかっているのだ。子供はとくに、誰も助けになど来ないことを。そして自分の運命を。

 ああ、君は本物だからね。わかるかい。彼等との違いを。ああ、"植え付けた"方はまあ、普通よりは使えるだろうね。ふふ。君なんかに比べたらやっぱり劣る。どうしたらいいのかな。可哀想に怯えて。怖い?でも残念。君は私のだよ。私の。いいや、私だけじゃないかもね。希望さ。

 黙れ。
 
 私の目の前で何人も死んだ。よくわからない術陣と術式とで。何人かは酷く抵抗したから殺された。
 心など、死んでいく。
 生きているのか死んでいるのかわからなくなる。
 わたしはだあれ?
 わたしはだあれ?
 わからなくなってしまう日々。

 ――――ルゼウス。
 私が助けられてから、貴女はどうやって生きてきたのだろう。どうしてあんな風になってしまったのだろう。彼等の勝手さで命を散らしていった多くの人。
 野放しにしては、いけない。
 役立つなら、役立ちたい。たとえそれが――――。



 しばらく見ていたが、堪えきれず「少し出てもいいですか」と切り出した。
 様々なことを思い出して、息がつまる。







「構わないが、近くにいてくれよ?」

「ええ。すぐ戻ってきます」






 ここ最近はあちこちに武装神官がいて、かつ侵入者防止の結界も張られていると聞いていた。
 そのことをブランシェ枢機卿も知っているしなにより、"人体実験"の資料を見るのは辛いだろうということなのだろう。
 申し訳ないが、甘える。
 本当に弱いな、私。


 部屋を出てすぐ、武装神官が「どちらに?」と言ったが、それに私は「枢機卿に紅茶でも、と思って」と返す。同行しますか、という言葉にも丁寧に断る。すぐ近くだからと。
 何かあったら叫びますから、というと武装神官は僅かに表情を和らげ「了解しました」といった。

 あまり一人で出歩くのはよくない。


 紅茶とお菓子を用意しながら、私は幸運だったのだと思う。
 父は、諦めなかったから。
 でもそれは結局、私を生かして父を殺した。それだけして、価値があるというのか。押し潰されそうになる。ねえ、私はただの小娘。珍しい"魔術師"の能力持ちだとしても、それがなんだ。なら、私より長く生きてきた父のほうがよっぽど価値がある。

 私は、なんだ。

 ネガティブだな、と自嘲ぎみに笑う。本っ当、なんなんだ。


 ――――過ぎてしまったことは、どう足掻いても変えることは出来ない。
 
 わかってる。
 そんなこと。



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