とある神官の話
心細かった。
一人なのは、前からだ。先輩くらいがちゃんとした友人で。レオドーラやロッシュ兄弟もそうだ。けど、聖都にいる私は私で頑張るしかなかった。
ああもう……。
ランジットに言われた。
こいつ、本気だぞ―――。
本気じゃないと思っていたから、私は彼が苦手だった。からかうなら別の人にしてほしかった。傷つきたくないから。だから冷たくして、無視して。けど、あの人はめげなかった。諦めなかった。ちょっと変人くさいけど、間違いなく高位神官で、強くて。
わかってる。
首には、ゼノンから貰ったネックレスが揺れる。
嫌いならそもそも、こうしていつもつけていない。
早く、目を覚まして欲しい。
傍にいた人が姿を消していく。父、ルゼウス……アゼルやラッセル。私の傍にいる人はこうして傷ついていく。
何があったのか。
アンゼルム・リシュター、己のこと。狙われているならいっそのこと―――一思いに死ねたらけりがつくだろうか。
私にそんな勇気があるだろうか。
宮殿は天井にまで美しい装飾や絵を見ることが出来る。
建物事態改築やら増築やらをしてきたとはいえ、かなり歴史のある建物である。
天井に描かれた絵。翼を持つ天使等が描かれていた。完璧なもの。
彼等は…私たちをどう見ているのだろう。
愚かな、と思っているだろうか。
天井を眺めていて、ふと気配がした。
遅くなっただろうか、と天井から視線をはずす。そして――――驚いた。
「せんぱ、い?」
少々衣服の汚れ 、金髪は乱れながらも凛としてたつ女性。
アゼル・クロフォード……!
慌てて駆け寄りたかったが、自分は今お茶やお菓子がのる盆を持っている。「シエナ」というアゼルに、涙腺が緩みそうになった。
無事だったのか!
傍にきたアゼルは「心配だった?」という。
「あ、当たり前じゃないですか!ラッセルさんも行方不明だっていうし、本当に……」
平気だよ、私は。
そういう問題じゃない、と私は小さく返す。そういう問題じゃない。
「この世はさ、本当に面倒だ。苦しいことや辛いことばかり」
「……?それが、普通ですよ」
「どうかな」
アゼルは私からお盆をさらりと受けとる。なすがままの私は、それを黙って受けていた。
アゼルは、目を伏せて「そうかな」という。
「人はいくらでも、残酷になれてしまう。そうだろう?――――シエナ」
「先輩?」
盆を持ったまま、アゼルはシエナにふっと微笑む。何だろう。
目の前にいるのは間違いなく、行方不明だったアゼルではあるのだが。
「―――楽になりたいとは思わない?」
…―――――。
崩れ落ちた"それ"を見ていた"アゼル・クロフォード"は妖艶に笑む。
「さて、行こうか」
* * *