とある神官の話
ヒーセルは一人、黙々と術式を描いていく。
その場所は、廃墟だった。
昔はそれなりに人が住んでいたであろうが、その姿が絶えて久しい。
"これ"をやることが出来るなら、場所は何処でもよかったのだ。
どうしたら、"あれら"を倒せるのか。
"鍵"の開きかたがわからぬ今、奴らはどう動くかわからない。知っているはずの者は死んだのだから。あれが死んでいなかったなら、まだ違うはずだ。
転がる人形の残骸。
禍々しい術陣。
準備するのは、入れ物。
魂の、器である。
どうせ破滅するなら、全てを道連れにしてやろう。
* * *
その部屋には、二人の男がいた。
一人はつい最近枢機卿となったヨウカハイネン・シュトルハウゼンで、もう一人はノーリッシュブルグに普段は身を置くミスラ・フォンエルズである。
二人の表情には、僅かに影が落ちている。
「つまり」
二人の間に落ちていた沈黙を破ったのはハイネンだった。
手袋に覆われた指先が顎に添えられる。
「あのヒーセルはリシュターを蹴り落とそうとしていたと?」
ミスラは頷く。
――――エリオンらがいる部屋から呼び出しを食らったハイネンは、呼んだ本人であるミスラ・フォンエルズの話に眉を潜める。
ミスラが話したのは、あのヴィーザル・イェルガンからミスラが聞いたというものだった。
それはヴィーザル・イェルガンとヒーセルが繋がっていたこと、リシュターを倒すまていう目的の一致に互いに手を組んでいたということだ。
ヒーセル自身、あのアガレス・リッヒィンデルが起こした事件のさいに死亡したとされたヴィーザル・イェルガンが生きているということを、前から知っていたようだ。しかし必要以上に接触していたわけではなかったらしい。
「らしいぞ。確かにアレは脅威だろうな。公でも裏でも」
「飼い慣らそうとしたが、手に負えなくなったから殺す、か」
指導者は出来の良い、力を持つものが良いだろう。
だが持ちすぎるとそれは恐怖心を与え、さらには脅威となってくる。何を考えているか全く読めず、不信感を抱くものいるはずで、彼を引きずり落とそうとするものも少なからずいる。
公でも同じようなことがあるのだ。
裏の世界なら更に何でもありだろう。
ハイネンは考え込む。
「潰し合うのは結構ですが、それはそれで色々とまた影響が出ますねえ」
そう。
確かに今、アンゼルム・リシュターら側の連中が互いに潰しあい、自滅してくれれば手間がいくらか省けるだろう。だが、そのあとも問題は続くだろう。
アンゼルム・リシュターが消えれば、大きな脅威は消える。
それはそれで解決―――ではあるが、トップたる者が消えれば、その跡を争うだろう。そしてまた新しい者が席を埋めれば、同じようなことの繰り返しだ。アンゼルム・リシュターが消えても、ヤヒアもどうにかしなくてはならない。