とある神官の話



 そして、そんな連中に狙われていたシエナ・フィンデルに眠る術式………それをどうにかしないままだと"生きた管理者"のままだ。
 彼女はそれとともに自分の過去を背負って生きていかなくてはならない―――。





 ハイネンはセラヴォルグを思い出す。

 手合わせをしてもかなわず、あのアガレスでさえ尊敬していた男……。



 娘として愛していたセラヴォルグは、娘であるシエナに幸せになってほしいと願っていたはずだ。
 だからこそ、彼は自分に何かあった時のために色々と手をうった。
 彼女のことをアーレンス・ロッシュに頼んだり、生活出来るように遺産を遺したり。彼女が、普通に生きていけるようにと彼は手を打ったのだ。

 しかし。

 自分に何かあった時のために、シエナへと色々と準備していたような男なのに何故――――シエナの"術式"については何も残さなかったのか。いや、形に残せば奪われる危険性はある。なら、友人に話しておくという方法だってあったはずだ。

 ハイネン、しかり。
 アーレンス・ロッシュ、しかり。

 何故。ハイネンはつくづく思うのだ。まるで――――お前らには迷惑をかけないよ、とでもいって全部抱えたまま死んだみたいだ。私だけで充分だ、と。
 きっと、シエナ自身も似たようなことを思っているかもしれない。
 私のせいで、と。

 それは危険だ。
 
 彼女が、自身に宿る術式をどうにか出来てしまうのなら。
 それで全てが終わるとしたら。
 彼女は、もしかしたら。
 あの子は――――かも知れない。
 



 
 からん、とグラスの中の氷が音をたてる。
 いかんせん、季節は夏である。

 北方に住むユキトであるミスラ・フォンエルズは夏は苦手である。ユキトは基本、冬は大得意であるがその逆、夏を苦手とする。暑さを苦手とするのだ。
 よってユキトであるミスラはすでに夏バテらしい。
 枢機卿衣が邪魔くさい、といいかねない雰囲気でグラスに手を伸ばす。

 そして、だ、

 ヴァンパイアであるハイネンはというと、暑さはともかく(こればっかりは仕方ない)、問題は日差しであった。
 別に日の下を歩けないということではない。ただ、直射日光を苦手とするのだ。体調不良や皮膚が赤く腫れたりするのだ。よってハイネンの場合包帯ぐるぐる巻きである。もっと別の方法があるのだが(日焼け止めを塗るとか)、彼はゆく包帯ぐるぐる巻きで昼も夜もうろうろするため、密かにミイラ男が!などと怪談話が出ているとかいないとか。

 どちらにせよ、二人からは疲労が見えている。






「ラッセルらはどうなっている?」

「不明のままですよ。アゼルはともかく、彼が長いこと不在となれば良からぬ噂も出ますし……頭が痛いですね」






 ラッセル・ファムランは長いこと牢屋にいた。
 無実とはいえ投獄されていた、という事実は変わらない。それは本人がどうこう出来るようなものではなく、人びとは簡単にはいそうですか、ともならない。

 "あの"アンゼルム・リシュターが姿を消した今、何が起こるか予想出来ないのだ。
 もっとも、出来事を予め知ってしまうというのも、それはそれで厄介なことになるのだが。
 
 




「ヒーセルは」

「おとなしいものですよ。嵐の前の静けさ、とでも言えますが」
 





 ――――会議では姿を見た。

 心なしか顔色が悪く見えた彼は特になにも言わず、派遣についても同意をしていたくらいである。
 まあ、大っぴらに反対など今回の場合は出来なかっただろう。






< 644 / 796 >

この作品をシェア

pagetop