とある神官の話
とはいえ、だ。
裏で動いているという可能性だってある。
彼もまた、もしかすると危うい位置にいるのかもしれない。
裏で密かに禁止されているものに触れ、かつ研究していたとして、それを今までひっそりと行えたのはやはり"協力者"がいたからであろう。
教皇がかわり、フォルネウス……つまり現教皇になった時にはまた減ったといえるが。
それに、とハイネンは瞑目する。
今から約二十年ほど前、"彼"は多くの者を殺害した。裏で手を闇に染めているものを、その手で葬った。彼は関係者とされるものを殺害したかった。そして―――アンゼルム・リシュターを殺し損ねる。
あれだけのことをしたのだ。あれだけのことをするためには、それだけの準備を必要としただろう。
ハイネンはアガレスを思う。
セラヴォルグは常に冷静である方であっだ。だからこそアガレスは己に足りない部分を彼で補おうとすることもあった。いつだって彼の相談相手はセラであったことに、ハイネンは少しだけ羨ましくもあったのだ。
ハイネンはアガレスの影響を受けて神官になったようなものだ。
アガレスがセラヴォルグを尊敬しているように、ハイネンも彼を思っていた。だからこそ、彼の口から聞きたかった。
けれど彼はなんというか、弱味を見せたくないらしい。ハイネンにはあまり相談や過去を話さなかった。それがどこかハイネンをやきもきさせたのだが――――。
アガレスが大切に思っていた人の本当の死因。
そこに暗い影が蠢いていることを知り、頭に血がのぼったとはいえ、あのアガレスが"本命"をみすみす殺し損ねるだろうか?何らかがあった、とも考えられる。だから、殺せなかった、とか……。
瞑目したままのハイネンに「おい」とやや不機嫌そうな声がかけられる。
それには"何かあるのか"とでもいいたげな顔で、ハイネンはああと答える。
「私が知っているあのアガレスが、リシュターを殺し損ねるものだろうかと考えましてね」
「……それで?お前はどう思う」
「どうなんでしょうね」
答えにならないそれに、ミスラもまたなにも言わない。
ハイネン自身、アガレスの影響を強く受けているといえる。ハイネンが神官になったのはアガレスたちの影響を受けたといっていい。
しかし、だ。
「私はアガレスとセラヴォルグと確かに親しかった。けれど―――笑える話ですが、私は彼らの過去をあまり知らない」
アガレスがセラヴォルグと会ったところは知っている。しかし、アガレスもセラヴォルグも多くを語ろうとはしなかった。ろくなものじゃない、などといって。
「親しくなればなるほど、相手のことを知りたくなる。けれどアガレスもセラも多くを話してくれない大馬鹿野郎でした。どいつもこいつも勝手に生きて――――私の、いえ、支えている側のことなんてお構いなしに見せて、裏であれこれ手を回して――――本当に馬鹿だ」
それは、いつぶりかの吐露だった。
我に返ったハイネンが「愚痴になりましたね。すみません」とミスラへ謝る。
ミスラというと、首をふる。ミスラもまた、ハイネンらが仲良かったのは知っている。謝るようなことではなかった。
「――――私の知る限りでは、セラもアガレスもそんな甘い人じゃない。いつだって何かあったときのことを考えている。シエナのときのようにな。あのアレクシス・ラーヴィアでさえそうだ。アガレスが殺し損なうというよりも」
ミスラはそこで口を閉ざした。そして「出来なかったのかも知れんぞ」という。
つまり、アガレスがアンゼルム・リシュターを殺害しようとしたとき、アガレスが退かざるをえないことになったかもしれない、ということだ。アガレスは己の命を引き換えにしてもあんな無謀ともいえる手段に出た。しかし、アンゼルム・リシュターは負傷しただけ。
ハイネンが考えていたことを、ミスラもまた考えていたらしい。
そして、現在複雑な術式を喰らって倒れたゼノン・エルドレイス。彼をあんな状態にしたのがもし、本当にリシュターだったなら……?それと同じようなことを己自身も負傷しながらアガレスに使ったなら?
様々な可能性と、憶測。
暑さに堪えきれなくなったのか、ミスラは書類をうちわがわりにしてあおぎ始める。
「手っ取り早く、アガレスが全部話してくれたなら楽なんだがな」
投げやりにいったミスラのそれに、ハイネンは「そうですねえ」と返した。
本当に、そうだったなら……。
* * *