とある神官の話
――――年。
何事にも、それなりのことをしようとすればそれ相応の対価が必要になる。それはどんなに月日がたとうが変わらない。
"ヒト"は欲を持つ。それは確かに醜いものかもしれない。しかし、と思う。そういうところも含めて、我らはヒトではないだろうか――――。
自分は自分を育てた父とは違い、対した信仰心を持っていない。そのくせ"神官"をやっている。欲も願いも持っている。神がいて、救ってくれるというなら救ってほしかった。神がそんなヒトに親切だとは限らない。何せ、神だから。
父との種族の違い、同族の死、置いていかれる恐怖と孤独。誰かのあたたかさと恐怖。こう、長いと生きていると自然と様々な経験が出来てしまうな、と少し自嘲ぎみに思う。
同族…ヴァンパイアの寿命というのは長い。他にも比較的長命なものもいるが、それでもヴァンパイアが一番長いのではないだろうか。寿命がどれ程なのか不確実なのは、ヴァンパイアの死因が老衰ではなく自殺や他者からの殺害が多いからだろう。
ヴァンパイアはヒトとは違い、生命を維持するために血液を必要とする。
それがはるか昔からヒトにあまり良いエイ影響を与えず――――化物扱い、蔑まれてきたこともある。ヒトとヴァンパイアも、どちらが悪いとは言えないが……。
故にさほど珍しくなくなった今でも、まだ化物扱いされることもあるのだ。
「貴様はニンゲンに育てられたからわからぬのだ!」
―――昔、自死を選んだ同族に言われたことがある。我々の苦しみなどわかるものかと。
確かにそうかもしれない。自分はニンゲンのもとで育った。故に同族のことには少々疎かった。
生きる環境、回りの人などが違えばそれだけそこで育った者に影響は現れる。
養父は老いるのに、ヴァンパイアである己は見た目がさほど変わらずに生きていく。養父はそれを当たり前だという。子より先に死ぬ親がどこにいるのだ、と。けれどそれは、普通の話でのこと。自分は違ったし、悩んだ。
自分に何が出来るのか。自分の命は病や殺されたり、あるいは自殺するまで長いこと先がある。ヒトはあっという間だ。子供の時はよかった。しかし大人……大きくなるにつれて、知っている人が自分よりも先に老いて死んでいく。
いつしか誰も自分のことを知らなくなるのではないか……。
養父は私に生きろといった。
とにかく生きろ。お前をお前だと理解し、友とし、名を呼ぶ者らを大切にしろ。長命種族だろうがなんだろうが、お前を大切にしているものを大切にし―――覚えていろ。お前は多くの死を見る。悲しむなとは言わない。悲しむ時はちゃんと悲しむべきだ。そして前を向いて歩け。お前は覚えていてやればいい。皆が忘れてもお前は―――彼ら、彼女らがいたことを。
そうするよ、父さん。
今までに何人もの、いくつもの死を見てきた。そして己の手て死をもたらしてきた。
この手は血まみれだろう。
しかし……。
そこまで思って、男――――セラヴォルグ・フィンデルは列車に揺られながら過去を思い出していた。重い息を吐く。
ここしばらくの間、聖都は落ち着かなかった。それもそうだ。数年間で様々なことが起こりすぎている。教皇となったフォルネウス……エドゥアール二世も大変だろう。しかし、聖都がそんな別件で落ち着かなかったからか、セラヴォルグのことは放っておいてくれていた。そこまで手が回らなかった、ともいえる。
たから、だ。
娘もずいぶん元気になった。あの子が笑うと私もうれしい。父親も悪くなかった。もっとも良い父親かどうかといわれると自信がないのだが。
そのまま放ってくれればいいものを。
"彼ら"はやはり放っていてはくれないらしい。